学び舎が仕事場に?! 実は想定外だった大学の研究者という仕事。
“材料”基礎研究の深遠な世界に魅了されて、進むべき道と定める。


今は研究者として、また教員として、やりがいと使命感、等身大の矜持を抱いていますが、よもや“学び舎が仕事場に”なるとは、学部生の頃は考えてもいませんでした。「主体的かつ積極的に進みたい道を切り拓いてきました」というような自信に満ち満ちた文脈で語ることはできませんが(笑)、大学院工学研究科に飛び級で進学できることがわかった学部4年生の初秋が、岐路…というか分水嶺をまたいだ時期といえるかもしれません。博士課程を1年早く修了できるし、将来については大学院でゆっくり考えよう、と構えていましたが、其の実、研究に対する興味と知的好奇心に突き動かされていたことも事実です。目の前にある好きな研究を思う存分やれるならそれでいい、という境地でした…と言うと、研究者に必要な基本的な資質は備えているようにみえますね(笑)。

初めて本格的に携わった研究テーマは「形状記憶合金」です。みなさんも耳にされたことがあるのではないでしょうか。金属材料のほとんどは、外から大きな力を加えると変形し、前の形に戻ることはありません。これは私たちも経験的に知るところです。しかし、ある種類の合金は、変形後にある一定の温度以上に加熱すると(変態点以上)すみやかに元の形状に回復する性質を持っています。これが形状記憶合金です。現在はメガネのフレームや衣類、医療用器具などに利用され、快適で便利な暮らしを支えています。

私が研究テーマに掲げていた15年前、形状記憶合金は材料(の一部)にチタン(Ti)とニッケル(Ni)を使用していました。しかし、これらの元素は高価であり、製品価格に影響を与えていました。つまり私たちのお財布にやさしくない、というわけです。そこで私が取り組んだのが、比較的安価な銅(Cu)を使った形状記憶合金の研究開発です。安い素材であれば、普及にも拍車がかかり、多くの人がすばらしい技術の恩恵にあずかることができます。当該研究は、現在の研究室に移ると同時に、私の手を離れてしまいましたが、最近、医療デバイス(巻き爪矯正)として製品化され、医療機関で処方されています。

日本学術振興会の特別研究員として研究漬けの日々を送っていた時期、ワシントン大学(米国)に研究留学する機会を得ました(図/写真1)。複合材料およびインテリジェント・マテリアル・システムに関する世界の第一人者として知られる田谷稔先生(機械工学部)の研究室に伺い、材料学の立場からコラボレーション研究に取り組みました。

(図/写真1)2002から2003年にかけて断続的に研究滞在していた米国ワシントン大学にて

(図/写真1)2002から2003年にかけて断続的に研究滞在していた米国ワシントン大学にて。「アメリカを活動拠点として活躍されてきた田谷先生を介して、形状記憶合金の研究開発に携わる研究者たちとのネットワークを築けたのも成果のひとつですね。この頃は、明けても暮れても研究、研究。自分のスタイルで“やりたいことをやりたいように”できた、研究者冥利に尽きる時期でした」。

私が見聞きした限りですが、米国の研究者はオンとオフを峻別することを是としているようでした。殆どの研究者が毎日17時~18時には帰途につきます。片や私は短い派遣期間に成果を出したいと夜は遅くまで、朝は誰よりも早くから研究室に入り浸っていたのですが、彼らからは「Dr.Sutoは大学に寝泊まりしているのか」とからかわれる始末。「知的に不調な分を努力でカバーしている」と冗談を返していましたが、彼らとて遊んでいるわけではなく、論文発表に賭ける熱意は相当なものでした。まさに『publish or perish(論文を発表するのか、消え去るのか)』。我々は母語で書けないというハンディキャップはありますが、自身の研究を積極的に広く世界に問い、評価の場に開いていく姿勢を大切にしなければなりません。

取材風景
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