世界中の研究者がしのぎを削る、次世代型「不揮発性メモリ」の新規材料開発。
「銅」を使った、省エネルギー、高耐熱性の材料で、可能性の地平を拓く。


現在、USBメモリ、携帯電話、デジタルカメラ、デジタルオーディオプレーヤーなどの記憶媒体として広く普及しているものに「フラッシュメモリ」があります。これは、書き換え可能で、電源を切ってもデータが消えない「不揮発性メモリ」の一種ですが、寿命(消去・書き込み可能回数)や速度、消費電力、集積度(容量)などにおいて限界があり、次世代型の不揮発性メモリの登場が待望されています。世界中の研究者が、強誘導体や磁性体という多様なコンセプトとアプローチの下、新規材料の研究開発にしのぎを削っていますが、製造コストや集積度で他を圧しているのが、「PCRAM(Phase Change Random Access Memory):相変化メモリ」です。近年、Samsung Electronics(韓国)が、携帯電話端末用に相変化メモリの供給を開始したことで一気に注目度が高まってきました。

ここで相変化メモリ(以下PCRAM)の仕組みについて簡単にご説明しましょう。少し難しくなりますが、お付き合いください。PCRAMは、高い電気抵抗を示す<アモルファス相>※1と低い電気抵抗の<結晶相>の抵抗差を利用して情報を記録するメモリです。それぞれの相は、主に温度(電流印加によるジュール熱)でコントロールされ、結晶相を融点以上に加熱することでアモルファス相に、そして結晶化温度に加熱することで結晶相の状態に…というように2つの相を行き来させることでデータを記録・消去させます(図/写真2)。近年、PCRAM材料として「Ge2Sb2Te5合金:ゲルマニウム-アンチモン-テルル合金 (以下GST)」 が主流となっていますが、結晶化を起こすのが約160℃、アモルファス化には約640℃以上の加熱が必要であり、書き換え電力、つまり省エネルギーの面で大きな課題があります。「いかに低い温度でアモルファス化させ、高い温度で結晶化させるか」ということが研究者たちの宿題として目の前に横たわっていました。

私は相変化メモリの新規材料として「Ge-Cu-Te合金:ゲルマニウム-銅-テルル合金(以下GCT)」に着目、約540℃の融点で<アモルファス相>が得られ、約240℃で結晶化することを見出しました。GSTよりも低い融点・高い結晶化温度を有しており、PCRAMの新規材料として大きな可能性があると期待されています。今後は相変化挙動の調査や、書き換え速度・回数、データ保持特性の評価などを含め、研究を進めていきます。

技術革新などの激しい変化を「ドッグ・イヤー」などといいます。成育の速い犬にとっての1年は、人間の7年に相当するという意味のようですが、私も日々学生さんと接していて、その成長ぶりに驚かされることもしばしばです。研究室にやってきたばかりの頃は、いかにも頼りなげな風情だった若者たちも、失敗を含めた多くの経験を重ね、凛々しい科学技術者/研究者として巣立っていきます。そうした成長と向上の軌跡を間近で見られるのは大きな喜びですし、教育者としての余得のひとつといえるでしょう。

(図/写真2)相変化メモリの動作原理。

(図/写真2)相変化メモリの動作原理。ヒーターのジュール加熱によって膜の結晶状態を制御し、高抵抗状態(リセット状態)を「0」、低抵抗状態(セット状態)を「1」として記憶する。電気的にはアモルファス相が高抵抗状態、結晶相が低抵抗状態である。須藤先生が見出した新規材料は、従来の合金よりも約80℃高い温度で結晶化し、約100℃低い温度でアモルファス化する。低い融点は、消費電力の低減に、高い結晶化温度は優れた耐熱性につながる。

大学での研究は、企業の研究部門などでは取り組めない領域を担うことに意味と意義があると考えています。先にご紹介したPCRAMの材料開発は、本研究室が掲げる研究テーマの一部ですが、先進的な基礎研究であっても、社会や生活との接点――つまり応用を射程に入れながら進めていこう!というのが、我が研究室のプリンシプル。良くも悪くも人びとの暮らしに影響を与える科学・工学・テクノロジーの力を、曇りのない瞳で見つめる視座が大切ですね。

※1
内装材料などを細かく粉砕したシュレッダーダスト、爆発性のあるエアバッグ、オゾン層破壊の原因となるエアコンのフロン類など。これらは処理が困難かつ費用がかかるため、不法投棄などの原因になっていた。
取材風景
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