わずかなエネルギーを拾い集めて、電力に。
“エネルギー・ハーベスティング”を推進させる複合材料を。


先ごろ開催されたCOP21(気候変動枠組み条約第21回締約国会議、2015年11月30日~12月11日)では、温室効果ガスの削減に取り組む新しい枠組み「パリ協定」が採択されました。温暖化対策の歴史的な転換点と評価される本協定では、発展途上国を含むすべての国が協調し、世界全体の温室効果ガスの排出量をできるだけ早く減少に転じさせ、今世紀後半には実質的にゼロにするよう取り組む、としています。今後は、太陽光、太陽熱、水力、風力、バイオマス、地熱といった再生可能エネルギーのさらなる展開や、水素エネルギーの普及拡大など、CO2削減に向けた様々な方策を加速させていかなければなりません。中でも最近注目されているのが、自立・自律的な電源としての「エネルギー・ハーベスティング(環境発電)」です。

エネルギー・ハーベスティングとは、光、大型構造物(橋、ビル)や機械の振動、廃熱、人や動物の動き・体温、川の流れや海の波、テレビやラジオなどが発する電波(電磁波)など、私たちの身の回りにあるわずかなエネルギーを収穫(ハーベスト)して、電力に変換する技術です。得られる電気エネルギーは微小なのですが、近年の電子デバイスの低消費電力化・高効率化によって、その導入が可能となりました。すでに実用化されているものに、振動や体熱で発電して駆動する腕時計などがあります。“その場で発電”、配線要らずで、充電や電池交換も不要というエネルギー・ハーベスティングへの期待は大きく、各国で様々な装置やデバイスへの応用が試みられています。実現すればスマートフォンやウェアラブルデバイスの使い勝手も大きく向上しそうですし、IoT※1発展の推進力になりそうです。

エネルギー・ハーベスティングの中の“振動発電”の方法には、圧電効果※2、逆磁歪効果※3、電磁誘導、静電誘導などいくつかありますが、私たちが着目しているのは圧電・逆磁歪効果による電気エネルギーへの変換です。圧電効果を利用して電気を取り出したり、逆に電圧をかけることで振動したりする電子部品が「圧電素子」です。振動による負荷がかかり続ける圧電素子には、何よりも耐久性(長寿命)、そして当然のことながら発電効率が求められます。私たちは炭素繊維と樹脂との複合材料で、軽くて強い「CFRP(炭素繊維強化プラスチック)」※4をターゲットとし、数値シミュレーションと実験の両面から、圧電素子を組み合わせた複合材料の設計と評価に取り組んでいます。また、逆磁歪効果を示す鉄系合金の複合にも挑戦。この電子複合材料の研究は、すでに大手スポーツ用品メーカーとの共同研究として動き出しています。私たちが担うのは、スポーツシューズやラケットに搭載するセンサの電源となる軽くて丈夫な電子複合材料の研究開発です。センサはアスリートのパフォーマンスを支援するシステムに展開されますが(図/写真1)、ゆくゆくは高齢者や身体の不自由な方の行動をサポートする医療福祉技術に応用できるかもしれません。まさに“Your moment is your power.”、エネルギー・ハーベスティングがもたらしてくれる未来が楽しみです。

(図/写真1)“新電子複合材料”で目指す競技支援システム

(図/写真1)“新電子複合材料”で目指す競技支援システム(リアルタイムでアスリートの技術をモニタリング・分析。もちろん電池交換不要)

私たちが研究テーマとして掲げるのがCFRPを始めとする「複合材料」です。これは文字通り二つ以上の素材からつくられた材料のことですが、単一材料では到達できない特性を具えることができます。現在の高度な先端技術を支える“縁の下の力持ち”であり、また優れた複合材料があるからこそ、新しい発想や技術を具現化することもできるという側面もあります。複合材料研究のおもしろさは、設計の自由度が高い、つまり母材と強化材をさまざまに組み合わせることができるということにあります。数値シミュレーションで設計し、作製した複合材料が予想通りの性能を示してくれる、また思いもよらない成果を見せてくれることがあります。これぞ、研究の醍醐味ですね。努力は必ずしも結果をもたらすものではないかもしれません。しかし、努力なきところに結果はないというのが、一研究者としての実感です。

※1
IoT:Internet of Things、モノのインターネット。コンピュータなどの情報・通信機器だけでなく、身の周りのあらゆるモノがインターネットにつながる仕組みのこと。人が操作してインターネットにつなぐだけではなく、モノ自らインターネットにアクセスすることがIoTの特徴。
※2
圧電効果:物質(特に水晶や特定のセラミックス)に力を加えると、圧力に比例した電気分極(表面電荷)が現れる現象。逆に電圧を加えると物質が変形する現象は逆圧電効果をいう。圧電効果を利用した身近なものとしては、ライターの着火石が挙げられる。
※3
逆磁歪効果:磁化された物質にひずみを与えると、磁束密度が変化する現象。
※4
CFRP:carbon-fiber-reinforced plastic、炭素繊維強化プラスチック。強化材に炭素繊維を用いた“軽く、強く、腐食しない”繊維強化プラスチック。導電性、耐熱性、低熱膨張率、化学安定性、高比強度、高比弾性率など、数多くの優れた特性を持つため、例えば宇宙・航空機用の先端材料として応用されている。
取材風景
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