元に戻る金属、形状記憶合金

 金属材料は、ある限界以上の大きな変形を受けると形が変わり、新たに変形させない限り元の形状に戻りませんが、形状記憶合金の限界値はその10倍以上(数%~約10%の歪量)です。形状記憶合金には大きく2つの性能があり、大きな変形を与えても力を除けば元の形状に戻る“超弾性”と、大きな変形により形が変わっても加熱すると元の形状に戻る“形状記憶効果”(写真1)があります。

 ゴムのようにしなやかな変形能を持つ超弾性は、医療デバイスとして重要な役割を果たしています。例えば、動脈硬化などで狭くなった冠動脈の治療では、ガイドワイヤーと呼ばれる細い線を入れ、カテーテルなどの治療デバイスを誘導します。ガイドワイヤーには、屈曲した血管内を通っても形状を保持できる形状記憶合金が利用されています。また、冠動脈をはじめとした狭窄部の治療には、狭くなった血管などを拡張・維持するステントと呼ばれる金属メッシュが利用されています。頸動脈や胆管など、大きな変形を受けやすい部位のステントに形状記憶合金が利用されています。

 これまで利用されてきた形状記憶合金のほとんどは、チタン(Ti)とニッケル(Ni)の合金です。この材料は加工が難しく、線や管などの単純形状で利用されることがほとんどでした。そこで、東北大学工学部材料科学総合学科では、板や複雑形状に加工できる形状記憶合金の開発を進めています。銅(Cu)、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)からなる銅系合金は、加工性と形状記憶特性の両面に優れた新しい形状記憶合金です。(写真2)は、東北大学で開発した銅系形状記憶合金製の巻き爪矯正クリップです。爪先にクリップし、巻いた爪を直線に矯正する効果があり、商品化もされています。装着の簡便性を追求した結果、薄板を曲げ加工したクリップ状になっており、銅系形状記憶合金の優れた加工性が活かされています。

 最近では、超弾性の復元力を利用した、建物や橋梁などの制震部材用の大型単結晶形状記憶合金の開発や、形状記憶効果を利用した、宇宙などの極低温環境でも利用可能なアクチュエータの開発にも取り組んでいます。このように、未来の社会を変え得る新しい機能を持つ材料の研究を進めています。

銅系形状記憶合金単結晶の形状記憶効果の様子。液体窒素で冷却して曲げた棒が水につけて加熱すると元の真っすぐの形状に戻る。なお、室温では超弾性を示す。(写真1)
銅系形状記憶合金で作製された超弾性巻き爪クリップ(写真2)