

てこの原理を理解し、
先生に褒められたことが
科学を探究する原体験に
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幼いころから科学者になるのが夢でした。科学がとても好きで、白衣を着てカラフルな液体を混ぜて実験したり、研究したりすることにあこがれを抱いていました。小学校の卒業アルバムの表紙に試験管の絵を描いていたほどです。思い返すと、小学校の理科の実験が原体験にある気がします。熱の入った授業が多く、発見や考察の楽しさを学ばせてくれました。例えば「てこの原理」を学ぶための授業では、先生は答えを簡単に教えず、実験しながら「どうしてこうなるか」を最初から最後まで子どもたちに考えさせ、レポートまで書かせていました。距離と重さの関係性まではわかるけれど、法則まで導き出せる児童は少なく、私が原理を理解したことを先生はとても褒めてくれたので、「自分はできるんだ」と勘違いしたことが理系を志すきっかけだったように思います。
中学生になると明確に「研究者になりたい」と思うようになりました。高等専門学校(以下、高専)に進学した兄から、「授業は実験で手を動かす機会が多い」と聞いていたこともあって、大好きな実験がたくさんできるなら、と私も高専を選びました。高専の卒業研究で、金属を溶かす研究をしているうちに、金属の面白さをさらに追究したくなりました。高専は5年制なので卒業すると短大卒と同等の準学士となりますが、主な進路としては、就職するか、より高度な研究を行うため2年制の専攻科へそのまま進学するか、4年制大学の3年次から編入するか、の3つの選択肢があります。「材料の研究といえば東北大学」ということは知っていたものの、東北大学への編入学は大変狭き門と聞いて迷ってしまって。自分が合格するビジョンが浮かばなかったのと、地元が好きなこともあり、専攻科に進学してもいいのかなと思っていたからです。あっという間に決断の時期が迫り、「やるだけやってみよう」と決意を固め、編入学試験の4ヶ月前から本腰を入れて勉強をはじめて、無事に東北大学工学部材料科学総合学科の学部3年生に編入学することができました。私のいた高専から東北大学の学部に編入学するのは、毎年1人か2人と、とても少数派でした。一方、高専の専攻科修了後に大学院へ入学する高専修了生は毎年15名ほどおり、そのうち東北大学工学研究科への進学者が10名ほどいます。高専は授業料が国立大の半分ほどなので、経済的な理由で進学する優秀な学生も少なくありません。東北大学が高専からの編入学や入学の制度を充実させてくれているのは、素晴らしい取り組みだと思います。

高専から東北大学へ編入学し
一貫して磁性材料を研究
博士号取得は夢への第一歩
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学部3年生から東北大学に編入学し、材料科学総合学科で金属材料、有機材料、無機材料などの基礎知識から、それらの材料の生産に必要なプロセス学について幅広く学びました。私が学部生から博士課程まで一貫して研究していたのは、磁性材料についてです。学部4年生から磁性分野の杉本研究室に所属し、「ボンド磁石用粉末の特性を向上させる研究」を進めていました。ボンド磁石とは、磁石の粉末を樹脂で固めたものです。その材料となる3マイクロメートルほどの微細な磁石粉末を他の材料でコーティングし、磁石粉末の性能を上げようという研究です。具体的にいうと、スパッタ法という金属の膜をつける手法を用いて、ネオジム磁石の粉末を振動させながら、タンタル(Ta)という金属をコーティングします。ネオジム磁石の磁力を引き出すには、磁石を適切な温度で熱処理をする必要があります。微細な粉末に熱処理をすると、粉末同士がバラバラな方向を向いてくっつきあうために、磁力を十分に引き出せません。一つ一つの粉末が分離したまま磁力を維持できるように、表面をTaでコーティングします。スパッタ法では、原子が一方向からシャワーのように降ってくるので、それを粉末に対して均一にコーティングするのはとても難しく、振動時間を変えたり、スパッタリングの時間を変えたり、細かく調整しながら研究を行いました。
博士課程からは、研究対象が磁石粉末から半分磁性、半分セラミックスで構成される薄膜材料に変わりました。増本研究室に所属し、「新しい機構による磁気センサ薄膜の基礎研究」をしていました。この薄膜は、数ナノメートルの磁性金属粒子がセラミックスの中に分散した構造を持っており、磁場をかけたときに、誘電率が変化するという特性があります。私はこのセラミックスを、Al2O3やTa2O5などの酸化物にした場合の特性について深く調べていました。ここでもスパッタ法を活用し、酸化物と磁性金属をどの割合にするか、熱処理によって膜の構造と特性はどう変わるか、どの酸化物が良い特性をだすのか、薄膜を作っては評価を繰り返し、地道に調べ、まとめました。最終的に、磁性金属と酸化物の組み合わせにおいて、膜構造と特性の関係を体系的にまとめるという成果を達成できたと思っています。
在学中に最も印象に残っているのは、博士課程後期に、日本学術振興会特別研究員(DC1)の審査に合格し、採用が決まった瞬間です。採用されると毎年の研究費と毎月20万円ほどの研究奨励金をいただけます。増本先生のお力をお借りして、申請書は20回以上書き直しました。熱心に指導してくださり、何度もブラッシュアップしてくださった先生には、本当に頭が上がりません。また、他分野の先生に申請書の助言をいただける制度も活用させてもらいました。専門的な研究を、いかに一般の方にわかりやすく説明できているかを再確認でき、いただいた助言は大変参考になりました。合格のご報告をしたときに、増本先生と熱い握手を交わしたことをよく覚えています。経済的な不安要素が減ったことで、3年間研究に集中でき、本当にありがたかったです。
懐かしく思い出すのは、アルバイトのことですね。大学編入直後からDC1に採択していただく前までの4年間、ずっと大学生協でアルバイトをしていました。パートの皆さんにかわいがってもらったことや、シフトが同じになった留学生と楽しくしりとりなどをしたことをよく覚えています。アルバイトが私にとって息抜きの時間になっていました。工学部の大学生協にはブックカフェもあり、とてもオシャレな空間なので、ぜひ訪れてみて欲しいです。
博士課程を修了したときには、「夢がひとつ叶った」と思いました。博士号は研究者の免許証のようなものと思っているので、やっと研究者としてのスタートラインに立てたようで、とても嬉しかったです。博士課程では、失敗続きで全く成果が出ない時期があり、このままでは博士論文執筆は無理かも、と諦めかけたこともありました。私にとって大学生活は決してスムーズな道のりではなく、とにかく研究第一の毎日だったように思います。無事に博士号を取得できて、心からほっとしました。

「失敗してもいい」
何度も失敗した自分だからこそ
挑戦することで拓ける未来を信じられる
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研究に重きを置いていたためにインターンには行かず、就職活動も積極的に行えていませんでした。いざ進路を考えたとき、自分の培った専門性を活かせるのはどこだろうと企業を探すなかで、磁性材料で知られるTDKに出合いました。博士採用もしていたので「ここだ!」と思い、すぐにMAST21の推薦名簿に記名しました。一社集中で就活対策をして、入社することができました。
就職先としてTDKに惹かれたのは、磁性材料技術を応用した製品で4回もイノベーションを起こしているからです。世界の需要を見据え、主力商品を変える力があるなら、この先もずっとトップを走っていく会社なのではないかと思いました。入社してみて感じるのは、技術力の高さと、成長支援の充実度です。TDKは創業以来、磁気技術を中心に幅広い分野で高度な技術力を保持しています。この技術力で、世界中の多くの企業から信頼され、多くの製品に採用されてきたのだなと思います。また、人材育成にもとても力を入れていることがわかりました。新人研修では会社の歴史、社風、製品知識や社会人としてのマナーを学んだり、チームワークを高めるワークショップに参加したり、とても濃密な1カ月を過ごすことができました。配属後も、働く上で必要な知識については定期的に研修が設けられています。個人的には、毎週英会話の個別レッスンが受けられることを嬉しく思います。

私は2023年4月に研究職として採用され、今は軟磁性材料の研究グループで基礎研究を行っています。磁性材料を専門にしていましたが、硬磁性材料(ボンド磁石)やスピン依存伝導を応用した材料(センサ薄膜)を研究してきた私にとって、軟磁性材料は唯一深く研究していなかった領域だったので、やや意外な配属でした。狙う特性や材料の作製方法がこれまでと全く違うので、まずは専門書を読み込みました。磁石にくっつく性質を持ち、磁場を加えると容易に磁化されることが特徴の軟磁性材料は、モータや電子機器の部品などに広く応用されており、私たちの生活には欠かすことができない材料のひとつです。その特性は、合金の組成や製造プロセスに大きく影響されますが、私は、合金の元素の組み合わせや、作製条件を変えることで、優れた特性と高い生産性を両立できる材料の実現を目指して、基礎研究を進めています。企業での研究は大学のそれとは異なり、欲しい製品があり、全てそこから逆算されるもの。これまで意識したことのなかった特許や量産化なども考慮する必要があり、スケジュールもきっちり決まっています。同じ基礎研究でも意識することは全く違うな、と感じています。
まだ配属されてから1年も経っておらず、学ぶことばかりですが、周りの先輩方のように自分の開発した材料が製品化される感動を味わってみたいです。学生時代と違って定時があり、朝8時すぎに出社して18時ごろに退社するという生活を送っていますが、最初は帰らなくてはいけないことを新鮮に感じました。そして土日が休みであることにも感激しました。いまは、研究から生活への切り替えの大切さを感じています。収入を得られるようになり、気軽に外食するひとときも自分にとってはいいリフレッシュの時間になっています。
学生さんに伝えたいのは、「失敗してもいい」ということです。失敗した経験を持っている人間の方が、難しいことに遭遇しても折れにくくなるし、他人にも優しくなれます。失敗を活かせれば、それは失敗ではなく、成功への必要なプロセスになると私は考えています。失敗しながらでも、少し休みながらでも、挑戦し続けることができれば、自然に自分の目指す道が拓けるのではないかと思います。
