ロールモデルになる先輩方の働く姿をご紹介

MAST21 Alumni Interviews

#7

社会のニーズに合った新たな銅合金の開発をめざして

笠谷 周平
〔DOWAメタルテック株式会社〕

東北大学大学院 工学研究科
金属フロンティア工学専攻

笠谷 周平
ロール状の銅板 ロール状の銅板

多くの選択肢と未知の環境
を求め東北の地へ

近所の山に秘密基地を作ったり、友達とサッカーをしたり、外で遊ぶことが好きでした。祖父の家に行くと、近くの川でゴリ(ハゼ類の淡水魚)を取っているような、割とアウトドアな子どもでした。

一方で読書も好きで、児童書から小説や伝記、エッセイに至るまで幅広いジャンルの本を読んでいました。特に湯川秀樹さんの伝記が印象に残っていて、物質は原子から成り、原子は原子核とその周囲を飛び回る電子から成るという記載を見て、中間子など理解が難しいところもあったのですが、「その辺の石ころでも、内部では電子が動いているのか」と驚いた記憶があります。今思えば、物質や材料、人間の目には見えない極小の世界に対して潜在的な興味があったのかもしれません。

とはいえ、その頃からそうした研究を志していたわけではありませんでした。高校は地元・滋賀の進学校に進み、サッカー部に所属し、仲間とともに汗を流す、そんな高校時代を送っていました。

その後進路を考え始めたときに、地元を離れて知らない土地で暮らしてみたい、という思いがふつふつと湧いてきていました。北海道大学や東北大学、九州大学を進学候補として考えていたのは、そんな理由からです。正直なところ理学部か工学部かも決めきれていないような状況だったのですが、当時の恩師から工学部を勧められました。工学部と言ってもとても範囲が広いですが、私自身の幼い頃の原体験も手伝ってか、建築やインフラなどよりも材料科学に興味がわき、この選択が今につながります。友人からも「東北大学は材料分野で世界でも有数の研究実績・規模・施設を有している」などといった助言をもらい、世界トップクラスの環境に惹かれました。はじめから大学院までとことん研究をするつもりで、そこから多くの選択肢を得られそうだと東北大学への進学を決めました。

鉄の板を曲げている笠谷さん 鉄の板を曲げている笠谷さん

材料の相変態に
魅入られた学生時代

念願かなって故郷・滋賀を離れて仙台へとやってきました。私の学生生活はまず、新たな環境での一人暮らしに慣れることから始まりました。まだ仙台市営地下鉄東西線が開通する前の青葉山キャンパスでしたから、原付バイクといえども通学がなかなか大変だったことを覚えています。

工学部に進んだ私は、学部3年生までは講義と学生実験を通して、材料科学について幅広く学びました。いずれの講義も、その分野の専門家の先生が教えて下さるので、とても有意義かつ贅沢な環境だったと思います。私はその中でも金属材料の特性に大きな影響を与えるミクロ組織の形成メカニズムや制御方法を学ぶ「材料組織学」が面白いと感じ、学部4年生時の研究室配属では、材料組織学を担当されていた貝沼先生の研究室を希望しました。

貝沼研究室では新規強磁性形状記憶合金の開発を目指し、Ni-Mn-Sn-Zn系合金の相変態について研究しました。SnとZnの比率を変えることで、結晶構造や磁気特性が大きく変化することが面白く、夢中で実験に取り組みました。

大学院進学に伴い、金属材料研究所の市坪研究室に所属が変わりました。市坪研究室ではチタン合金の相変態について研究しました。市坪研究室は創設したばかりの研究室で、私たちの世代が1期生だったため、実験装置の立ち上げや、試料作製・評価の条件出しに携わることができ、とても貴重な経験ができました。また学生が少ない分、先生とディスカッションできる時間が多く、ディスカッションを通して現象の裏にある原理についてしっかり考えることの大切さを学びました。

DOWAメタニクスのロゴアップ
DOWAグループ図を説明する笠谷さん
機械を操作する笠谷さん

当時、人工関節などに使われる生体材料としてのチタン合金が、室温付近で時間経過とともに固くなってしまう原因を熱分析で探っていました。何らかの相変態が起こることで硬化が生じていると予想し、室温から900℃まで温度を上げ、温度を下げる熱分析を行っていたのですが、室温付近で起こる相変態によるピークは小さく、バックグラウンドに埋もれてしまい、相変態が起こっていることをなかなか実証できませんでした。そんな中、この分析を同一サンプルに対して2サイクル繰り返すことで、ピークとバックグラウンドを分離できることを見出し、室温付近で相変態が起こっていることを実証し、硬化に影響している可能性があることを示唆することができました。現在は後輩たちがこの方法を応用し、さらに高度な分析を行っていると耳にしています。

大学院時代は研究に明け暮れただけでなく、学生生活も大いに謳歌したほうだと思います。中でも金属材料研究所の研究室対抗フットサル大会で修士2年時に優勝したことは印象深い出来事です。10チーム程度のチームが参加し、1週目に予選を行い翌週にトーナメントを行うような大掛かりなフットサル大会だったのですが、修士1年の時に決勝で敗れた研究室と再度相まみえることになった決勝でリベンジを果たし、ついに優勝することができました。大会後に景品の日本酒を飲みながら、対戦相手と健闘を称え合ったことは忘れられない良い思い出です。

談笑中の笠谷さん 談笑中の笠谷さん

希望に合致した
就職先との出会い

充実した大学院生活を送った後、2019年の4月に「DOWAホールディングス株式会社」に就職しました。就職活動を行う際に重視したことは、まず夢中になって学生時代を捧げた金属材料の組織制御に関われるかという点でした。次に重視したのは勤務地でした。故郷から遠く離れた土地での学生時代に憧れた反面、地元の近くで働きたいという思いが生まれたからです。

就職を意識し始めて、ホームページ等で色々な会社の情報を収集していて、DOWAの名前も目にしていました。そんな折、修士1年の冬頃に実施されたDOWAメタルテック(DOWAグループの金属加工事業部門)の工場見学に参加する機会があり、実際の工場の雰囲気をこの目で見せてもらい、事務所などにも行かせてもらった際に社員同士の距離感が近く働きやすそうだという印象を受けました。

DOWAメタルテックは、組織制御技術を駆使して、銅合金の開発や製造を行っていますし、銅合金の開発・製造拠点が静岡県にあり、まさに私の希望にピッタリ合致していたのです。

改めて紹介させていただきますと、弊社の主な事業はスマートフォン、パソコンなどの民生品や自動車の通電部に使用されるコネクタや、半導体リードフレームに用いられる銅合金の製造・販売です。私は磐田技術センターという部署に所属し、新規銅合金の開発や量産化に取り組んでいます。

合金開発のためには、鋳造凝固、熱間圧延、冷間圧延、溶体化、時効、低温焼鈍等の製造プロセスで、材料の組織がどのように変化するか理解することが重要です。これらの理解に、学生時代に取り組んだ状態図や拡散、組織形成に関する知識に加え、材料を評価・解析する際に必要となる走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、X線回折、熱分析、引張試験等に関する知識が大いに役立っています。

社屋を背に立つ笠谷さん 社屋を背に立つ笠谷さん

しかしながら、入社時は工場の設備・機械に関する知識はほとんどありませんでした。書籍や論文、社内資料等を読んで基礎知識を仕入れたり、先輩や上司等の詳しい人に教えてもらったり、工場に足を運んで作業者の方に話を伺ったりして設備に関する理解を深めました。加えて研究室と工場の環境の違いにも慣れる必要がありましたが、こちらも先輩方の助言で段々と適応できるようになりました。

こうした経験を踏まえてみると、私が所属している磐田技術センターは、若手の教育が非常に丁寧だと思います。入社時は、材料系出身者であっても、銅合金の種類・特性や製造プロセスに関する知識はあまりないことがほとんどですし、生産性や品質管理といった企業特有の考え方についてはもちろん知りません。研修や業務を通して、上司や先輩が知識・経験・ビジネススキルを丁寧に伝えてくれるため、成長しやすい環境だと思います。

装置を操作中の笠谷さん後ろ姿
銅素材アップ
機械の前で説明する笠谷さん

次は私の発想から
新たな合金を生み出したい

ここで5年余りの経験を積みましたが、開発した合金が示す加工軟化や短時間の熱処理による急激な強度上昇といった特異な挙動のメカニズムを解明し、銅学会論文賞を受賞したことが大きな自信となっています。

学生時代との大きな違いの一つに、関わる人の数も種類も決定的に多いということが挙げられます。学生時代は研究室の中で直属の先輩と数人の先生、教える後輩の10人程度としか関わりませんでした。これに対して、現在は同じ部署の上司や同僚だけで20名近くおり、さらに一緒により良い製品の製造に取り組む製造現場のスタッフやオペレーター、営業メンバー、パートナーであるお客様や共同研究先の先生も含めると、非常に多くの人と関わりをもっています。

また、新しい材料を世に出すには長い時間がかかることも体感している最中です。私の入社前から先輩方が開発に着手していて、のちに私も参加することになった合金があるのですが、一昨年にようやく量産化に向けためどが立ちました。今後工場のラインからどんどん出荷されていく姿を見るのが楽しみです。

これからも社会のニーズに合わせて高性能な銅合金を開発し、便利で暮らしやすい社会に貢献できるような技術者になり、次は自分の発想から新たな銅合金を開発し、製品化できるようにしたいと思っています。

笑顔の笠谷さん 笑顔の笠谷さん

材料科学総合学科は、世界トップクラスの研究をされている先生方がいらっしゃり、設備も充実しており、材料について学ぶ上で申し分ない環境だと思います。また、東北大学が国際卓越研究大学に認定されたため、今後ますます研究環境は充実していくと思います。学生の皆さんには、この素晴らしい環境を存分に活かし、学びを深めていただけると嬉しいです。また、勉強・研究だけでなく、メリハリをつけてしっかり遊び、学生生活を満喫してください。

そして一人でも多くの後輩が、その経験をものづくり業界に活かしてくれることを願っています。私は在学中に材料の面白さに目覚め、ある意味好きなことを仕事にしているわけですが、材料研究の面白さを感じてくれる後輩がものづくりの世界に仲間入りしてくれたら、私としてもうれしく思います。

DOWAメタルテック株式会社
dowa.co.jp/metaltech/

DOWAメタルテック社屋入り口 DOWAメタルテック社屋入り口