「自分の目で世界を見つめる」ことにこだわった学部生時代。
経済急成長前夜のインドは、人びとの熱いエネルギーにあふれて。


学問として初めて興味を持ったのが政治学です。丸山眞男※1さんの著作を通じて知的探究心が刺激され、私も政治研究に携わりたいと考えるようになりました。しかし、政治学の中心をなすのは、人間や国家間における権力・利害対立といった力学であり、研究のためには科学的手法に収まらない幅広いアプローチが必要になってきます。時に価値判断も含まれることでしょう。一方、政治同様に不確定要素の大きい人間が関わる事象であっても、数学や統計学との親和性が高い、あるいは数理化をめざす学問研究に経済学があります。人の営みとしての経済活動を“数学を用いて論理的に積み上げていく”ことに、私なりに確かなものを感じ、迷わず経済学部に進みました。

学部生時代、勉強と同等に、あるいはそれ以上に(笑)、情熱をもって取り組んだのが海外旅行です。そこには「世界をこの目でみて、確かめたい」という若者特有の好奇心があったように思います。必要なものをバックパックに詰め込んで、宿泊場所も日程も決めず自由気ままに……お金はないけれど、時間は潤沢にある学生だけに許される旅です。私が自分に課したのは、あえて事前知識を持たず先入観なしに、訪れる国や地域のありのままの姿を見つめようということ。市井の人びとの姿を通じて、その国の輪郭や有り様を捉えようと試みました。今でも鮮烈な記憶と共に思い出すのが、インドです。とにかく人のパワーが圧倒的な国でした。現在、経済発展が著しいBRICs※2の一国として挙げられていますが、かの国の人びとの活力とエネルギー、バイタリティをもってすれば、さもありなんという思いがします。

私が専門とするのは「計量経済学」です。これは経済学の理論に基づいて経済モデルをつくり、モデルのパラメータを省庁や調査研究機関が出す各種統計を用いて推計・検定することによって妥 当性チェックしつつ、経済行動の予測や検証を行うという実証研究です。私が師事したのは指導の厳しさで知られた先生でしたが、博士課程での研究テーマを定めるのに1年間も費やしました。師曰く「研究者として少なくとも10年間を賭(と)すにふさわしい課題を、自らの手で探求しなさい」。試行錯誤の末、やっと首を縦に振っていただけたのが、時間を通じた廃棄物の発生と資源化の産業連関分析です。

現代の諸産業は、密な取引関係を持ちながら、複雑な相互依存関係を築き上げています。その生産波及効果を数量的に分析していくのが産業連関分析です。とりわけ私が興味を持ったのが、生産から廃棄・再資源化に至るまで時間差をもった資源循環の実証分析です。現在、鉄鋼スラグ、焼却灰、肉骨粉などの多くは、セメント材や道路の路盤材として再利用されていますが、1回だけのリサイクルでは持続可能性をかなえているとはいえません。数十年後に廃棄される際にも再利用されるのかどうか、といった長期的・動学的な視点で物質循環を展望することが必要となります。もちろん原料採取から製造、流通、廃棄、リサイクルに至るライフサイクル全体で発生する環境負荷を評価するLCA(Life Cycle Assessment)も視野に入ってきます。

(図/写真1)2011年2月、アリゾナ州立大学で開催されたSustainable Phosphorus Summitにて

(図/写真1)2011年2月、アリゾナ州立大学で開催されたSustainable Phosphorus Summitにて。左が松八重先生。(ちなみにサボテンはアリゾナ州の州花)「現在、研究書籍を出版する準備を進めていますが、一緒に写っているメンバーにも執筆してもらう予定になっています。それぞれが別の研究室や研究機関に所属しているので、意見交換や打ち合わせはもっぱらメールですが、国際会議や学会で顔を合わせることも多いので助かります」。

そうして経済学研究科で研鑽を積んでいた私は、ある出会いが機縁となり、工学研究科へ移ることになります。文系から理工系へ。未知の分野への旅立ちでした。

※1
まるやま まさお、1914年3月22日 - 1996年8月15日。日本の政治学者、思想史家。東京大学名誉教授、日本学士院会員。専攻は日本政治思想史。アカデミズムの領域を越えて、戦後民主主義のオピニオン・リーダーとして積極的な発言を行った。思想界をリードし大きな影響を与えた独自の学風は「「丸山政治学」と呼ばれる。
※2
ブリックス。ブラジル (Brazil)、 ロシア (Russia)、 インド (India)、 中国 (China)、の頭文字を合わせた4カ国の総称。南アフリカ共和国 (South Africa)を含める場合もある。近年の経済成長めざましく、世界経済に大きな影響力を持つまでとなった。
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