学部4年生で目標と定めた博士課程への進学
試行錯誤を楽しみながら、成果を積み上げて
知識量や見識、論理的思考力もさることながら、“分からなさ” “不確実性”を扱う訓練を受けた「博士人材」の要請が高まっています。その背景には、未知に向き合い、“知”を社会に接続する存在として、課題を解決する変革をけん引してほしいとの大きな期待があります。 私が博士(号)を意識するようになったのは学部2年生の時。解析力学の授業で、先生がこんなことを話されたのです。―将来、君たちがドクターコース(博士後期課程)に進んで大学教員にならなかったら、一体誰が日本の学生を教え導くのだー。ちょっとした雑談だったのですが、私はその先生を尊敬しており、また解析力学の授業も好きだったことも加わり、将来の道の選択肢として記憶に刻まれることになりました。学部4年生で研究室に配属された折には「これからは就職するにもドクターの時代だよ」と指導担当の先生から助言がありました。この頃、民間企業において博士人材がオーバースペックとみなされた時代は終わり、イノベーションの基盤を構築するマンパワーとして強く望まれるようになっていました。2010年の国の『新成長戦略』においても日本の競争力強化とイノベーション創出のために、科学技術系の博士人材の育成と活用が重要な施策として位置づけられました。自身も博士課程を修了していた父の理解もあり、博士後期課程へ進むという明確な目標ができました。
実験・研究というと、呻吟(しんぎん)する研究者の姿をイメージされるかもしれませんが、私としては一貫して「楽しく」「わくわくする気持ちとともに」研究に取り組んできました。学部4年生の卒業研究は、超高周波超音波による超伝導薄膜の特性制御。超伝導薄膜を超高速で”ゆらす”ことによって超伝導転移温度を制御しようという目標でした。 まず驚いたのは研究室の実験装置です。これまで接してきたどれとも違っており、見たこともない装置がずらりと並んでいました。先輩たちが構築してきたものを引き継ぎ、自分なりに調べ考え、部品を調達し、オリジナルのものとして組み立てていきます。「工欲善其事、必先利其器」(優れた仕事をするには、まず道具をよく研ぎ澄ませなければならない)という言葉が示すように、これまで誰も観測したことがないものを見るには、それまで誰も作り得なかった独創的な研究機器が必要です。しかし、頭に描いたアイデアが、実世界で首尾よく働いてくれるとは限りません。データ(信号)がうまく取れず試行錯誤の連続でしたが、そのトライアル・アンド・エラーを「苦労」ではなく「楽しさ」と変換できた気質・心持ちは、いかにも研究者向き、と言えたかもしれません。
実は、卒業研究の超伝導薄膜は成功しませんでした。しかし、研究への向き合い方、実験(計測)の要所、ちょっとした(けれども成果につながる)コツを体得できたことは大きな収穫でした。次第に、超伝導薄膜の製作ではなく、極短パルスレーザを用いた金属薄膜材料の内部計測に見通しが立ち、私の研究は大きく進展することになります。 金属薄膜の厚さがナノオーダーになると従来の引張試験などのような方法では精度の高い計測が難しくなります。私が取り組んでいるのは、金属薄膜に非常に短い光を当てて内部に超音波を発生させ、反射する信号を光で計測することで、力学的性質を定量的に評価する「ピコ秒超音波法」です(下図参照)。光を使って音を発生させ、その音を光で読み取るというイメージですね。 金属薄膜の微細化・ナノスケールでの制御は、AI処理、通信環境の高速・大容量化、データセンター、高性能センサなど、世界的なメガトレンドを支える基盤技術になっています。こうした目に見える計算性能や処理速度の進化の背後には、目には見えない微小世界の信頼性と性能を評価する技術の積み重ねがあるというわけです。
ピコ秒超音波法は、フェムト秒(10-15秒)という極短パルスレーザを用いて、物質表面に熱膨張を瞬時に生じさせ、そのひずみを同じくパルスレーザを用いてピコ秒(ps =10-12秒)の時間分解能で検出する方法。ポイントは、音と光の速度の違い。光の速度は音速の1万倍以上なので、光からみると超音波は止まっているように見えます。超音波が伝播している状態で極短パルスレーザを照射すると、その瞬間における試料の変形(ひずみ)をスナップショットとして記録できるというわけです。





