科学技術をカタチにし、
社会や暮らしを大きく変える“材料”の力。
研究を通じた社会貢献を目指して。

マテリアル・開発系 系長 杉本 諭

この度、マテリアル・開発系の系長に就任された杉本教授(知能デバイス材料学)に、東北大学・材料科学総合学科の特色、気になるカリキュラム、就職状況などについてお聞きしました。また、ご自身の経験を通じたメッセージもお寄せいただいています。ぜひご一読ください。

「材料科学総合学科」の“材料”とはどういうものなのでしょうか。言葉としては身近ですが、研究や教育となるとイメージが沸きにくいのですが…。

みなさんは“材料”と聞いて“素材”とどう違うのだろうかと思われるかもしれませんね。ここは基本に忠実に、言葉の意味をたどってみましょう。広辞苑(第六版)によると、素材とは「もととなる材料。原料」、材料は「加工して製品にする、もとの物。原料」とあります。つまり材料とは、すべての工業製品の「もと」、つまり基礎となるものをいいます。

古来、土器、青銅器、鉄器といった新材料の発見・開発が、人類の文明、社会や暮らしを大きく発展させてきたことはみなさんもご存知でしょう。近年の例をひとつ挙げてみましょう。世界で最も強い磁石である「ネオジム磁石(Nd-Fe-B系永久磁石)」は、本学で学位(工学博士)を取得された佐川眞一博士(現:インターメタリックス(株)最高技術顧問)によって開発されました。この磁石がなければ、現在のハイブリットカーや電気自動車をつくることは不可能だったと思います。また、ネオジム磁石は、ハードディスクドライブや音楽プレーヤー、携帯電話・スマートフォンなどの小型の製品から空調機、風力発電機、エレベーターなどにも使われ、小型化・高性能化・省エネルギーに大きく貢献しています。

このように大本となる材料が変われば、新しい製品を誕生させ(あるいは既存の製品を改良・改善し)、ひいては私たちの社会や暮らしをドラスティックに変化させることができます。それだけ材料の影響力というのは大きいのです。近年では、金属材料だけでなく、半導体、セラミクス、高分子材料、それらの複合材料など、時代や社会に求められる材料はどんどん変化しています。私は学生時代、先生や先輩から「材料開発で、社会を変えよう!」と鼓舞されてきました。“出口を考える”、つまり社会実装を視野に置いた研究開発が、材料科学総合学科の伝統・文化です。また、研究者として社会貢献できるということは、何物にも代えがたい喜びですし、醍醐味です。

“世の中を変える”ほどの取り組みとなれば、世界の研究者たちとの競争になりますね。

材料科学総合学科は、大学院・協力講座を含めると、50近くの分野(研究室)で構成されており、所属する研究者・学生数も国内最大級です。数だけではなく、質も大いに自負できるものです。研究者の業績を評価する指標のひとつとして、論文の引用回数というものがあります。これは雑誌等に投稿した論文が、どれだけ他の研究者の論文の中で引用されているかというものであり、その数が多いほどインパクトの大きい研究成果ということになります。

東北大学は材料科学のカテゴリーの中で、国内では(独)物質・材料研究機構に次いで2位、大学では1位とトップクラスに位置しています。(トムソン・ロイター発表、対象期間:2004年1月1日~2014年2月28日 )。東日本大震災により研究が停滞するという時期もありましたが、これからも材料科学の最前線を切り拓いていきます。

高校生のみなさんや保護者の方々は、教育面での取り組みも気になることかと思います。どのような特色がありますか?

グローバル化の流れを受けて、英語によるコミュニケーション能力の必要性が叫ばれています。私たちの研究は世界に問う研究が前提ですから、英語力は必須です。材料科学総合学科では独自にネイティブの教師によるカリキュラムを展開しており、ほとんどの学生さんが履修しています。論文の執筆や口頭発表に直結する学術的な専門用語などを重点的に学習します。ダブルスクールで民間の英会話教室に通うことなく、語学力を養うことができる点も魅力ですね。自分の財産として身に付ければ、卒業後も道を切り拓く力となってくれることでしょう。

海外大学との交流もあり、その代表的なものが韓国のPOSTECH(浦項工科大学校)との学生主体による活動です。韓国の学生さんは第二言語(英語)でも物怖じせずに積極的に話しますから、大いに刺激を受けるようですね。
また、東北大学全学または工学部・工学研究科において海外留学・海外派遣のプログラムも各種充実してきています。滞在費などの支援もありますから、経済的な負担も最小限で済みます。大学院生だけではなく、学部生から対象になっている事業もあって、学ぶ意欲のある学生さんを最大限サポートする仕組みが整えられています。私たちの世代は、海外に行きたくても様々な困難があり、あきらめざるを得ない場合が多かったのです。ぜひ様々な制度を積極的に活用してほしいですね。

また、本学科では、第三者機関であるJABEE(一般社団法人日本技術者教育認定機構)の認定も受けています。これは学内で採用されている教育プログラムの内容と水準が、国際的に通用する技術者の育成教育として適切かどうか、判断/認定されるものであり、JABEE認定大学の卒業生は、「社会の要求水準を満たす一定レベル以上の教育を受けた」ということを担保されます。卒業時に認定証が授与されます。この認定を受けると、技術士(日本の国家資格)の一次試験が免除されるというメリットもあります。ちなみに本学科は、材料分野において、日本で初めてJABEEの認定を受けました。

景気回復で企業の採用意欲は高まっているものの、大卒の就職は依然厳しいといった報道もありますが、材料科学総合学科の就職状況はいかがですか?

材料科学総合学科の卒業生の90%は、東北大学大学院・工学研究科ならびに環境科学研究科に進学します。学部卒業生、修士課程修了生ともに就職率は、ほぼ100%です。なぜ就職難とは無縁なのかと言いますと、自動車、機械、鉄鋼・非鉄金属、電気・電機、化学メーカーなどの大手企業から、学校推薦という形で多くの求人が寄せられているためです。これは、就職した企業で活躍している卒業生の存在が大きく、本学科が伝統的に“企業が求める知識や技術を備える人材(学生)”を数多く輩出してきたことを物語っていると思います。

ここからは少し苦言を呈することになるのですが、昨今の学生さんは学びや実験・研究に対して「これをやって、何に役立つのですか?」と性急に答えや成果を求める傾向が大きいように思います。そして早々に「これをやっても時間の無駄」と自分で勝手に判断し、見限ってしまうことも少なくないようです。材料科学は、物理・化学・生物・地学などの様々な領域を横断的に結んで進めていく学問・研究分野です。一見、研究と結びつかないと思える知識でも、数年後、思いがけないものを架橋し、新しい材料を生む原動力となってくれます。磁性鋼のKS鋼、新KS鋼を発明した“鉄の神様”本多光太郎先生(東北帝国大学総長)は「今が大切」という言葉を残されています。何事にもスピーディーさを求められる時代ですが、学生さんには学びや研究を一つひとつコツコツと積み重ねていってもらいたいと思っています。そうした経験と試行錯誤の積み重ねが、基礎知力・技能として就職後に活かされることでしょうし、やがては社会を一変させるイノベーションを生むパワーとなると信じています。

3年前の東日本大震災の影響を心配される方も多いかと思います。新しい研究棟は、いつ完成するのですか?

震災によって、材料科学総合学科の研究棟は大きなダメージを受け、使用できなくなりました。震災後間もなく、他研究棟でのスペース間借りや仮設棟の建設を急ピッチで進める一方、新研究棟の設計・建築プロジェクトが立ち上がり、私もチームの一員として設計思想の立案などに携わりました。

新研究棟は6月末(2014年)に竣工が予定されています。建物の特徴としては、耐震性を始めとした安全性・快適性を優先したほか、1-2階を出入りに制限のない講義室に、3階から5階までを各研究室のスペースに充て、セキュリティ面の強化を図りました。各階の中央にフリースペースを設けて、研究交流・人的交流が図れるような工夫をしたこともこれまでにはなかった試みです。留学生や海外からの研究員との“異文化交流”や、そこに集った人たちのスモールトークの中から新しい発想などが生まれることを期待しています。

2015年には仙台市地下鉄東西線が開通し、東北大学のキャンパスには、「川内駅」(副駅名:東北大学川内キャンパス前)、「青葉山駅」(東北大学青葉山キャンパス前)が誕生します。完成すれば仙台駅からそれぞれ6分、9分で到着します。また東北大学は、震災以前から取り組んでいた新キャンパス構想によって、キャンパス施設拡充・刷新が図られています。ひと昔前のキャンパスを知る人は、みなさん一様に驚かれるほど、きれいで快適な学び舎にどんどん生まれ変わっています。

キャンパスの様子や研究室に興味を持たれた方もいらっしゃるかと思います。オープンキャンパスは開催していますか?

はい、毎年夏休み期間中に開催しています。実は、材料科学総合学科は全国の国立大学で初めて、独自にオープンキャンパス(学科公開)を開催したという歴史があります。第二次オイルショックによる不況が続いていた1982年のことです。「材料」という分野がわかりにくかったので、高校生や市民の方々にわかりやすく説明をしていく必要性を感じたのですね。私の手元には、先輩教授が残された「学科公開」を報じる当時の新聞・週刊誌の記事がありますが、少しネガティブな報道のされかたをしています。さすがの記者も、20年、30年後、オープンキャンパスがこれほどまでに一般化することを予見できなかったようです(笑)。

オープンキャンパスでは、学部4年生、大学院生がコンパニオンとして見学コースをアレンジし、研究紹介・展示・実演、ミニ実験体験などをナビゲートします。大学生気分を味わえる公開ゼミや模擬授業も大好評です。「教授になんでも聞いてみよう」という企画もあります。世界最先端研究に取り組むプロフェッサーたちと話ができるまたとない機会です。ぜひご来学いただきたいと思います。

最後になりますが、高校生の方にメッセージをお願いいたします。

勉学ももちろん大切ですが、高校生時代にはスポーツでも趣味でも何でもいいですから、ひとつのことに打ち込んでほしいですね。夢中になれるということは、若さの特権なのではないでしょうか。また“多様性”に触れることも大切でしょう。世の中には様々な背景を持つ人がいて、百人百様の考えがあるという視点(見方)は、しなやかな心を養ってくれます。私は本学に入学後、下宿暮らしをしましたが、そこで13人の同期生と出会いました。専攻も専門もバラバラでしたが、食堂に集まって夜な夜なディベートを繰り広げたことは、視野を広げ、論理の構築力を鍛えることに大きく役立ちました。さらには下宿の近所の方々との交流を通じて、性別や年齢に関係なく、気軽に世間話ができるようにもなりました。言い方を換えれば、「コミュニケーション能力の向上」となるでしょうか。下宿仲間は、全国散り散りになりましたが、今でも付き合いがあるんですよ。

私は大学院(修士課程前期)1年生の時、冒頭でお話をした「ネオジム磁石」の記者発表に居合わせました。当時は、パワーポイントではなくスライドの映写でしたから、会場を暗くしなければなかったんですね。にもかかわらず、報道陣のカメラのフラッシュで手元の資料が見えるほど、明るくなったのを覚えています。それだけの興味と関心を集めたトピックであったわけです。これが私の「研究で社会を変える」原体験であり、今でも、研究へ駆り立てる推進力となっています。研究・実験は楽しいことばかりではありませんが、未知のフィールドを切り拓くやりがいや醍醐味は、研究者だけが味わうことができるものでしょう。その喜びを多くの若者と共有したいと願っています。

(平成26年4月取材)