“努力”を味方にして、結果を導く。
新しい原理を応用したデバイスの開発を。


「スピントロニクス」とは、スピンとエレクトロニクス(電子工学)を掛け合わせた造語です。その説明の前に、半導体と磁性材料について簡単にご説明しましょう。

(図/写真2)スピントロニクスの概念図

(図/写真2)スピントロニクスの概念図

「半導体」とはその名の通り、電気を通しやすい「導体」と電気を通さない「絶縁体」との中間の性質を持つ物質のことですが、一般には半導体そのものではなく、半導体材料(代表的なものとしてシリコンなど)の上に抵抗素材を配置して、様々な機能を持たせたIC(集積回路)などを指します。電子の電荷を利用し、これらを記憶・制御することで、多種多様な電気的、光学的デバイスに応用されています。動作が非常に速い一方、消費電力が大きく、電源を切ると記憶が失われるという性質があります。

電子は「電荷」と「スピン」の自由度を持っています。「電荷」は、ICに代表される半導体工学分野で利用され、「スピン」は、磁石材料やハードディスクの記録媒体などの磁性体工学分野で用いられてきました。この「電荷」と「スピン」の両方を積極的に利用することで、低消費電力のメモリや、演算と記憶の両方を兼ね備えた新しい演算回路への可能性を拓くことができます。その手掛かりとなるのが、スピンが持つ“不揮発性”という特性。これを半導体デバイスに付加すれば、低消費電力で高速にデータのアクセスを可能にし、また電源を切っても記憶を保持するコンピュータが実現します。超省電力のうえに、スタートアップやシャットダウンも不要になるというわけです。

さて、情報の処理・伝達を担う半導体と、情報の記録に長ける磁性材料、それぞれの特徴をご理解いただけたことと思います。これらに光(photon)なども取り入れて融合し、新しい機能を持つデバイスの創生を目指すのが「スピントロニクス」です(図/写真2参照)。例えば、この原理を応用したデバイスとして大きな期待を集めるものに、エネルギー効率が非常に高く、無制限に高速書き換えが可能な「不揮発性磁気メモリ(Magnetoresistive Random Access Memory:MRAM)」があります。MRAMは産業用として一部実用化はされているものの、用途はまだ限定的です。

スピントロニクスの鍵を握るのは、半導体と親和性の高い磁性材料の研究・開発です。スピンの情報を利用できるようにするためには、試料(素子)のサイズをある程度小さくすることが必要であり、微細化することで、電子スピンに基づく磁気特性と電子の輸送特性が密接に関係し合い、両者の機能を引き出したり制御したりすることができるというわけです。スピンに依存する電気伝導現象として、巨大磁気抵抗(GMR)効果やトンネル磁気抵抗(TMR)効果があり、ハードディスクの高密度化や前述のMRAM(あるいはスピン注入メモリSTT-MRAM)への応用を視野に、世界中の研究者たちが研究・開発にしのぎを削っています。

私たちは、これまで培ってきた結晶成長学、界面物理学、薄膜作製技術、微細加工技術などへの理解と研究成果を基に、スピントロニクスを発展させる材料探索、ならびに素子構成・試料作製に取り組んでいます。その難しさの極みは、原子レベルで制御した自然界には存しえない新物質をつくるという点にあります。だからこそまったく新しい特性を持ち得るポテンシャルがあるということになりますね。研究者の挑戦意欲を刺激するフィールドです。

研究に試行錯誤は付き物です。努力は、常に結果を導いてくれるわけではありませんが、トライアル&エラーの繰り返しは、成果に近づく鍵だと信じています。現在の高度情報化社会の利便性を享受する一員として、また材料科学に携わる者として、スピントロニクスを応用した新しいデバイスの開発と社会実装を目指します。

取材風景
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