技術開発者だった父から贈られた言葉が、
挑戦する勇気と意欲の源泉に。


「苦しんで、楽しめ」――これは私が会社を辞めて、再び母校の研究室に戻った時、父が手紙で寄せてくれた言葉です。オリジナルは映画『ライムライト』(監督:チャールズ・チャップリン、1952年、米)に出てくる台詞“生きて、苦しんで、楽しめ。人生は美しくて素晴らしい”のようなのですが、あるいはオーディオ技術者として日夜、開発に明け暮れた父自身の、自然な気持ちの発露だったのかもしれません。

修士課程修了後は、化学メーカーで研究職として働いていましたが、学生時代に取り組んだ燃料電池の研究に後ろ髪を引かれるところがあり、いつかもっと研鑽を深めたいと考えていました。「人生は一度きり。自分がおもしろいと思えることをやってみたい」と考え、かつての指導教官に相談したところ「ウェルカムだよ」と。こうして新たな挑戦が始まりました。古巣(大学)に戻ってきた選択に悔いはありません。ですが研究は一筋縄にはいかず、何カ月も何年も、前進できないことも珍しくありません。そんな時、「苦しんで、楽しめ」という父の言葉が、勇気と意欲の源泉となってくれています。

博士課程で研究を再開した時期、所属研究室がNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクト(固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発)に携わっており、燃料電池の関連領域を含め、第一線で活躍する研究者の姿に触れられたことは大きな刺激となりました。トップランナーといえる方でも、若手のプレゼンテーションに熱心に真摯に耳を傾け、議論を通じて新しい地平を見出そうとします。私も今では後進を指導する立場となりましたが、先入観を排し、曇りのない目で研究成果やデータを見つめる姿勢を大切にしています。

新しい設計思想や技術は、製品に搭載されリリースされた瞬間からマーケットの評価にさらされます。一方、基礎研究は成果に結びつくまでに数十年かかることもある、実に孤独な営為です。自己完結/満足に流れることなく、知見や情報を共有し、切磋琢磨しあえる環境をつくるのが世界の研究者が連携するコミュニティです。私は博士課程2年の時、国際学会(PRiME 2012※4)でポスター賞(1st Place)を頂きました(図/写真2)。審査過程において、電気化学界のオーソリティと長い時間、ディスカッションしたことは今も記憶に鮮やかです。自分の研究の着眼点、新規性、そして重要性を世界に認めてもらうことができ、大きなモチベーションになりました。

学部生時代は、大学に入ってから始めたクラシックギター一色の日々でした。日に12時間練習することもあり、教室・講義室にいるよりもサークル室にいる時間が多かったほどです。教えてもらうよりも、自分でいろいろな理論、技術を試しながら会得していくタイプでした。試行錯誤の末、ギターはスポーツと同じで自分の身体(骨格や筋肉、爪)に合わせ、演奏法を最適化していく必要があるという理解に至りました。一つの物事に深くかかわり、納得するまでトライアル・アンド・エラーを繰り返すのは私の長所の一つです。こうした資質やマインドは、地道な研究を進めていく上での土台になっているように思います。今は仕事もプライベートもタスク満載、ギターをゆっくり爪弾くのはしばらく先になりそうです。

※4
PRiME:Pacific Rim Meeting on Electrochemical and Solid-state Science、電気化学分野の世界最大の会議。2012年は開催地であるホノルル(米国ハワイ)に世界中から3500名を超す研究者らが集った。
(図/写真2)

(図/写真2)博士課程2年の折、国際学会でポスター賞(Student Poster Awards:1st Place)を受賞した時の写真。「論文を通じて(こちらが一方的に)見知っていた非常に著名な先生が強い興味を示してくださいました。幸いなことにこれまで賞をいただく機会に恵まれてきましたが、自分の取り組みが評価される体験は、研究を進める原動力になっています」。

取材風景
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