自分が“置かれた場所”で頑張ることの大切さ。
人や出来事との出会いが、研究者への導きに。


「人間万事塞翁が馬」という故事成語があります。私のこれまでの学究・研究の歩みも、一見、不運に思えたことが好機となり、実りに結ばれた場面が多くありました。もちろん落胆や挫折も含めて、ですが。

大学院修了後は、研究職として企業に就職するつもりで、大学教員/研究者になる考えはありませんでした、と言うと身も蓋もないですね。でも記憶を紐解けば、小さい頃から何かを探究したいという知的好奇心は旺盛で、「〇〇博士になりたい」と思っていました。〇〇はその折々に興味を持っていた事物・マイブームで、虫、動物、恐竜、宇宙など。図鑑や本を読んで、新しい知識を得ると、自分だけが知っているような気になりうれしかったものでした。この「自分だけが知っている」という感懐は、現在、最先端材料研究を進めるうえでの醍醐味、やりがいに通じています。世界初・未知の特性や振る舞いを見出した時の喜びというのは、何物にも代えがたいものです。

宇宙への憧れやまず、大学は航空宇宙工学を標榜する東北大学を目指しました。しかし合格したのは第二志望のマテリアル・開発系。正直、残念に思う気持ちはありましたが、学び始めると「材料」は社会や暮らしにとって根源的に必要なものであり、その重要性は比類のないものであることが理解できました。石器、青銅器、鉄器などの時代区分でも知られるように、先史時代から今日(こんにち)に至るまで材料の発明や創製が、時代を切り拓き、新しい産業を起こし、文化を創造してきました。私が取り組んでいる材料研究は、目に見えない微視的なスケールの発見・解明であり、それがやがて社会実装されると、ヒューマンスケールでの変化・改善として表れるというのも、とても興味深いことです。材料の研究・開発は、航空宇宙工学の要素技術として大いに貢献できる、と考え方を転換しました。

私が研究の標的としているのはマグネシウム合金(以下Mg合金)です。数多の材料の中からなぜMg合金を選んだのか――学部4年生で研究室を選択する時、「こんなによいところのある材料なのにどうして普及していないんだろう。欠点があるならば自分が何とかしたい」と考えたのです。若き青年の立志です。今、あの頃に戻れるとしたら、Mg合金の世界に踏み出そうとする一歩を阻止したことでしょう(笑)。Mgが「次世代材料のホープ」と言われ続けて半世紀、新しい機能の発見や性能の向上が立ち遅れている理由が分かったのは、研究に取り組んでしばらくしてから。Mg合金は一筋縄ではいかない相手でした。

それでも最軽量の構造用金属材料として、Mg合金の研究・開発の進展を望む声が世界から多く寄せられていました。修士課程1年の時、国際学会で口頭発表する機会を得ました。今考えると拙い英語でしたが、熱心に耳を傾けてくださり、多くの質問が飛びました。Mg合金部門のセッションはとても盛り上がっており、欧州の自動車メーカー各社も勢ぞろいで、実用化への熱意を感じました。

こんなこともありました。Mg合金との格闘を続けていた博士課程1年の折、ドイツで開催された国際学会に参加し、研究成果を発表しました。自由時間に街なかの公園を散策していた時に、突然見知らぬ紳士に声を掛けられました。曰く「君の発表を聞いたよ。あんなに精密で精緻な研究は私たちにはできない。ぜひがんばってほしい」。今ではどなただったのか知る由もありませんが、直接フィードバックをいただき、手応えを感じました。自分の力をとことん試してみたい、オリジナルの合金を創製したいという目標が生まれました。さまざまな人や出来事との出会い、奇縁(不思議なご縁)が機縁(きっかけ)につながったということでしょうか。

(図/写真1)

(図/写真1)「幸いにも国内外で評価いただく機会が多くあります。うれしい反面、とても恐縮しています。表彰や受賞を今後に向けた叱咤激励と受け止め、気を引き締めて研究に臨んでいきたいですね。またMgにこだわらずに、アルミニウムやセラミックスなどを用いた新材料創出にも挑戦していきたいです」と安藤准教授。写真は米国TMS(鉱物金属材料学会)での表彰。

取材風景
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