地図は旅の友、「状態図」は材料開発の頼もしいパートナー。
どこか知らない土地を旅することになったとき、私たちが真っ先に手にするのが「地図」なのではないでしょうか。“文字よりも古いコミュニケーション手段”といわれる地図は、多くの情報をもたらし、目的地へと誘ってくれます。ところで「材料」にも地図のようなものがあることをご存知でしたか?
こちらは『状態図(相図)』と呼ばれ、物質の相と熱力学的な状態量との関係を表したものです。少しわかりやすく説明しましょう。金属を始めとしてセラミックス、半導体などの材料は、温度が変化すれば固体や液体といった形態が変わりますし、異なる物質を混合したとき、均一に溶け合うこともあれば、水と油のように分かれることもあります。このように温度と混合する濃度によって物質がどのような状態になるかを示したものが状態図なのです。
貝沼研究室では、実験(実験状態図)とコンピュータ解析(計算状態図)、それぞれのアプローチによって各種合金系の状態図を決定し、世界に先駆けて様々な合金の熱力学データベースを構築しました。この人類共通の英知である状態図によって、これまでいわば手さぐりだった材料開発がきわめて効率的に行えるようになります。状態図の研究は、長い時間をかけて営々と積み上げていく地道な取り組みです。そうした探索行は、時に思いもかけない新規材料との出会いをもたらしてくれます。世界で初めての遭遇……それは地図もない未知の土地を旅するエクスプローラー(探検家)にしか味わえないワクワクするような驚きと喜びなのです。
社会・産業の要請に応える、“使える”材料の開発を。
貝沼研究室では、自ら決定した状態図を基に「環境調和型材料」「スマート材料」「電子材料」の開発研究に取り組んでいます。環境調和型材料としては、発電機や航空機から排出されるCO2を削減させるCo 基超耐熱合金があります。また、従来広く利用されているNiTi 合金(ニチノール:ニッケルとチタンの合金)にはない優れた特性(高加工性、強磁性、高温動作性など)を持つ、多くの新規形状記憶合金=スマート材料の開発も特筆すべき点です。特に、磁性と形状記憶の両方の性質を兼ね備えた強磁性形状記憶合金の分野では、現在世界で認められている10 種類程度の合金類のうち、半数以上を貝沼研究室グループが見出すなど、世界を牽引する立場にあります。
これまでなかった飛び抜けた特性を誇る材料の発見は、研究の醍醐味です。しかし“ 使える” 材料であるには、安定的な原料調達の可能性、加工のしやすさ、利用可能性、製造コストの妥当性など実に多くの条件が課せられます。真に役立つ材料を追い求めて……貝沼研究室では研究開発の視座を、社会・産業の中に据えています。