研究の原動力は、発見の喜び。
ガッツポーズの積み重ねが、“水和”の最前線を切り拓く!


「私がいま取り組んでいるのは『水和※3』(図/写真2)です。人間の体の約60パーセントは水で満たされています(子どもは約70%、高齢者は50~55%)。バイオマテリアルを創製するにあたり、生体適合性を発現させる…つまり体になじみのよい材料として“水”を考えるのはごく自然なことです。そうした重要性は認知されているものの、溶質との界面に存在する水和水の観測が非常に困難であるため、これまでの数多くの研究がなされているにもかかわらず、理論として成り立ちきっていないのが現状です」。その難しさの最たるは、水和水が常に変化し、(10-7-10-13 秒の間隔で)高次構造の組み換えが起きるため、そのまま変化の過程を観測出来ない点にあるといいます。「ですから動的な状態を直接観たいわけですが、不可能なため、これに近い動的平衡状態を観測し、類推する必要があります。静的な水和水評価法でも同じなのですが、個々の評価法がどの像をとらえているかに注意する必要があります」。ここからは専門的な話になりますが…と前置きした上で話は続けられました。

(図/写真2)高分子電解質近傍の水

(図/写真2)高分子電解質近傍の水

「私が試みているのは、タンパク質やDNAなどの生体分子として、また機能性材料として重要な『高分子電解質』周辺における水和水の動的平衡状態解析法の確立です。しかし高分子電解質は、高分子性、荷電性官能基、カウンターイオンなどにより複雑な特性が与えられているため、水構造、ましてや水和水の動的平衡状態解析が難しいのです」。困難にまっすぐ向かい合う…それが森本先生の研究者として姿勢です。「水分子のダイナミクスは、配向性も加味できる回転運動性、および拡散性を表す並進運動性により評価できます。そこで私たち研究室のこれまでの研究成果、それにより得られた知見を基に、水和水の回転運動性は誘電緩和分光法、また並進運動性はパルス磁場勾配(PFG)NMR法でそれぞれ評価していくこととしました」。これにより水和水の運動性変化について定量的な評価を試み、水和水の動的構造変化と生体高分子の構造・機能に与える影響を検証していきます。(図/写真3)

(図/写真3)バイオマテリアルの創製に向けた高分子電解質近傍の水和水運動性の評価

(図/写真3)バイオマテリアルの創製に向けた高分子電解質近傍の水和水運動性の評価

「水和水のダイナミクス解析の標準化がなされることにより、核酸やタンパク質キャリア(担体)、人工軟骨・人工関節や人工カテーテルなど、画期的なバイオマテリアル創製の可能性につながっていきます。これらは社会的な要請の高いQOL(Quality of Life;生活の質)向上のためにも、実現が待たれる医療技術です」。これまで物理化学、高分子合成、生物物理、そしてバイオマテリアルと分野横断的に研究を展開してきた森本先生の強みが生かされた研究分野といえるでしょう。「実験・測定・解析の試行錯誤を繰り返して、自分が想定していた通りのデータを手にした時のうれしさは、何物にも代え難いものです。研究者を奮い立たせるのは発見の喜びですね」。ヨシッ! と思わずガッツポーズも飛び出します。そして先生と呼ばれる立場になってなお、昼夜分かたず実験に夢中になっていた頃の好奇心と探究心を忘れたくないと語る森本先生。力強く握られた拳が、水和の最前線を切り拓いていきます。

※3
図/写真2を参照。バルク水の中に生体分子が溶け込むと、その周囲の水との相互作用により、水分子の位置や運動様式が変化する。このように生体分子によって生じた水分子集団の構造・運動様式を水和という。
取材風景
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