「そのデータは世界で君しか知らない」指導教員の言葉に開眼!
実験ギライが研究者の道へ。


「小学校の頃から理科って好きだった記憶がないんですよ。だから大学も文系に進むのかなぁと漠然と思っていたほどで……。」インタビューは意外な過去の披歴から始まりました。「学部3年生までは、まじめとは言い難い学生でした。第一、実験が嫌いだったんです。結果がわかっているのにやる意味がわからない、と」。実験は研究の“生命線”。その意義と重要性に気づかせてくれたのは指導教員の言葉でした。「学部4年生の時、連携大学院(理化学研究所)の研究室に所属していました。先生が私の実験ギライを感じ取ってくれたのでしょうか、『君が手掛けていることは、オンリーワンの研究だ。そこで出たデータは世界で君しか知らないんだよ』と諭してくれたのです」。まさに目が開かれる思いだったと森本先生は述懐します。そうした実験への新しい視座は、自ら手を動かし、データを得るおもしろさや魅力を教えてくれました。研究者へのまっすぐな道のりが見えてくるようです。「いいえ、実は、修士修了後は民間企業への就職を希望していまして……」。森本先生の物語はまだまだ続きます。

早々と大手素材メーカーからの内定を受け取り、修士論文と向かい合っていた修士2年の冬、研究職(助手)のポストがあるけれど、どうだろうという打診がありました。「先生が『とにかく彼は実験に前向きだよ』と推挙してくれたようでした(笑)。物理から化学系への鞍替えでしたが、例えばキーワードなどには血液適合性ポリマーや生分解性ポリマーなどがあり、馴染みがないわけではありませんでした。それまでの研究を発展させる分野として興味がありましたし、チャンスがあれば自分の力を試してみたいと思ったのです」。決定したのは3月も半ば。「誰にも話していなかったので、内定先の同期の友人はとても驚いていましたが、事情を話すと『やりたい人でもなかなかできることではないんだからがんばれ』と励ましてくれました」。当時、意気揚々と乗り込んだ研究室。すべては順風満帆に……とはいかなかったようです。

(図/写真1)客員研究員として過ごしたモントリオール大学F.M. Winnik研究室にて

(図/写真1)客員研究員として過ごしたモントリオール大学F.M. Winnik研究室にて。前列ほぼ中央の紺色パーカーが森本先生。右隣はWinnik教授。「研究の進め方は、国によって違うというよりは、師事する先生によって大きく異なるのですね。帰国の前日まで実験と格闘していたのも懐かしい思い出です」。

「正直、初めの2、3年はつらかったです。やめることばかり考えていました」。やはり博士課程も経ず専門分野も替えて助手になった代償は小さくなかったようです。「そこでのテーマは、医用材料を生体適合性のリン脂質ポリマーにより改質する、という高分子合成から生物的評価までを一貫して行う研究テーマでした。生物実験などは手掛けたことがありましたが、さすがに有機合成は習ったことがありません。学部4年生と共に道具のイロハから実験手技まで教えてもらい、なんとか形にしよう、結果を出そうと必死で取り組みました」。そうして“石の上にも三年”のことわざの通り、4年目からは研究テーマのひとつに「ドラッグデリバリーシステム※1への展開を目指したナノキャリア※2の開発」を据え、多くの成果を挙げてきました。「これらのナノキャリアは研究室で独自に開発したナノメートルサイズの粒子状ゲルを基盤としたもので、熱やpH、分子に応答して構造を変化させる従来にないタイプのものでした。これは現在の研究の基底になっていますね」。そして研究職に身を賭して10年。新天地である東北大学で、生体機能材料創製の研究に取り組み始めました。

※1
必要な時に、必要な量を、必要な患部(臓器や組織、細胞、病原体など)に、薬物を効果的かつ集中的に送り込む技術。途中で吸収・分解されないように薬剤を膜などで包み、ターゲットに放出して治療効果を高める。副作用の軽減も期待できる。毛細血管の微小な穴を通り抜けなければならないため、ナノテクノロジー(超微細技術)が鍵となる(1ナノは10億分の1メートル)。
※2
薬物の輸送を担うナノメートルサイズの物質。
取材風景
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