念願の研究留学。養われた多様な視点、
研究者コミュニティの広がり、そして英語力の向上。


その歴史は、はるか有史以前にさかのぼるといわれる鉄。人類は鉄を利用することで進化し、また文明や科学技術の発展を原動力に、製鉄法を改善・洗練させてきたという経緯があります。近年はさらに成熟の度を深め、製錬において残されている課題は困難を極めるものが多いのです。その一つが、前編でお話をした添加元素(レアメタル)の消費量削減です。私はFe中のBの挙動を解明することで、レアメタルの使用量節減、あるいはレアメタルフリーにつなげていきたいと考えています。そして、もうひとつ私の研究の柱となっているのが、過酷な使用環境・条件に耐える次世代の耐熱材料の開発です。

ガスタービンやジェットエンジンなどの内燃機関の高効率化・高出力化に向けて、既存材料をしのぐ超耐熱材料が待ち望まれています。現在、高温構造材料として用いられているNi(ニッケル)基超合金※1の耐熱温度は1100℃に達していますが、今後さらに向上させることは難しいのではないかと懸念されています。私は、金属間化合物の相変態機構や局所力学特性を最先端の電子顕微鏡・分析機器を用いて解明し、優れた特性を発現させる材料設計指針の確立に挑んでいます。例えば、複雑な結晶構造であるFrank-Kasper(フランク・カスパー)相は、適正に安定的に制御することで強化相として利用できます。しかし、このFrank-Kasper相、金属の柔軟性や粘り強さを低減する有害相として知られており、現在はそれが現れない(析出しない)合金設計がされています。タフでチャレンジングな取り組みであることがおわかりいただけるものと思います。

「研究はジグソーパズルのようなもの」と言う人がいます。ピースの組み合わせ方を思案するのが仮説を立てるということであり、実際に組み立ててみるのが実験ですね。最後のピースがぴったりとはまる至福の瞬間を求めて、私たち研究者は試行錯誤を続けているといえます。ジグソーパズルはいったん始めたら、やめられない面白さがあります。私も修士課程で取り組んだ“研究の面白さ”に導かれて、博士課程に進み、研究者としての道を歩むことになりました。ただ父が企業の研究職(専門はエレクトロニクス)でしたから、身近なロールモデルとして、知らず知らずのうちに影響を受けていたのかもしれません。

大学院時代の所属研究室の先生や先輩からの助言もあり、研究者として身を立てていくならば、一度は海外に出て研鑽を積む必要があるだろうと考えていました。博士課程を修了する直前、ウィスコンシン大学マディソン校※2のJohn Perepezko 教授にコンタクトして、国際学会の合間に研究内容をアピールさせてもらう機会を頂きました。とても興味を持っていただき、研究員として受け入れてもらうことになりました。実は、英語はあまり勉強せずに渡米したのです。なんとかなると高をくくっていたのですが、実際になんとかなる、つまりストレスなくコミュニケーションできるようになるには予想以上に時間を要しました。実験室にこもって電子顕微鏡をのぞく日々が続き、アウトプットする機会が少なかったことも思うように上達しない要因だったかもしれません。聞く話す能力のほか、論文執筆に不可欠なライティングスキルが磨かれたことは、研究者としての大きな収穫でした。

研究留学を通じ、日米の研究・教育スタイルの違いや多様性を見聞してきましたが、日本、少なくとも本学部/研究科は実験設備も非常に充実していますし、指導もきめ細やかです。学生さんには、恵まれた環境を享受しつつ、根気強く自分の力で考え抜き、解を見つける努力を重ねてほしいと願っています。また、若者の“内向き志向”※3が指摘されて久しいですが、研究者を目指すならば、一度は異文化の空の下、様々な経験を積み、広い視野を養い、研究者コミュニティを広げる機会を持ってほしいと思います。英語力が心配? それは“習うより慣れろ”です。経験者が語るのですから間違いありません(笑)。

(図/写真2)関戸先生の帰国が決まった時に開催されたフェアウェルパーティー(送別会)の様子。赤いネクタイの紳士がDr.Perepezko。ウィスコンシン大学への研究留学は、研究者としてのターニングポイントになったと語る関戸先生。この時に築かれた人的ネットワークは今も健在で、数々の共同研究へとつながっている。

(図/写真2)関戸先生の帰国が決まった時に開催されたフェアウェルパーティー(送別会)の様子。赤いネクタイの紳士がPerepezko教授。ウィスコンシン大学への研究留学は、研究者としてのターニングポイントになったと語る関戸先生。この時に築かれた人的ネットワークは今も健在で、数々の共同研究へとつながっている。

※1
Ni(ニッケル)基超合金:「超合金(Superalloy)」とは、高温に対する並外れた強度を持つ合金。Fe基・Ni基・Co基などがある。Ni基超合金は、Niを主成分とし、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、Cr(クロム)、Co(コバルト)などの合金化元素を配合したもの。高温強度のほか、耐食性、耐酸化性に優れる。
※2
ウィスコンシン大学:ウィスコンシン州マディソンに本部を置くアメリカ合衆国の州立大学。1848年設立。20以上の学部、200以上の専攻を有する総合大学である。「州立版パブリック・アイビー (Public Ivy) 」と呼ばれ、難関校として知られる。21名のノーベル賞受賞者を輩出している。
※3
日本人の海外留学者数は、1999年の約75,000人から停滞傾向にあり、2004年に一旦約83,000人まで上昇したものの、2013年には約55,000人まで減少した。文部科学省データ。
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