Feの中でBはどう振る舞っているのか。
世界中の研究者を悩ませる課題にチャレンジ。


歴史物の映画・ドラマやマンガに欠かせない重要な小道具といえば日本刀。最近では、刀剣を擬人化した育成シミュレーションゲームの人気で、“日本刀ブーム到来”との報道もありました。脇役から主役へ、スポットライトが当たって刀身がキラリといった趣でしょうか。日本刀は、美術工芸品・文化財として非常に優れた価値を有しますが、武器としては「折れず、曲がらず、よく斬れる」の3つの要素を高い次元で並立させた、世界でも類のない刀剣といわれています。実は、前述の3要素は、もともとの鉄の性質からすれば相反するもの。“切れ味を追求すれば折れやすく、折れにくくすれば曲がりやすく”なってしまうのが鉄のネイチャー。日本刀が成立したとされる平安時代末期以降、刀工たちの飽くなき探究と鍛錬、洗練と伝承によって、高度な技術を誇る日本固有の鍛冶製法が磨かれ鍛えられてきたのです。

経験的な工学知の結晶である日本刀に“科学の目”で切り込んでみましょう。鍵となるのは、800~900℃に加熱した刀身を水に入れて急冷する「焼入れ」です。ここで鉄は、高温で安定的な組織であるオーステナイト相(γ; fcc)から準安定のマルテンサイト相(α'; bct)に変わります。このマルテンサイト変態によって強度が飛躍的に向上するのです。また、日本刀独特の“反り”や、表面に形成される微小で繊細な刃文(粒子)もマルテンサイトに由来するものです。これらは刀工の技法や技量を判断できる箇所であり、日本刀の美しさを愛でる鑑賞・評価ポイントにもなります。真贋を判定することもできるそうです。

焼入れは、Fe(鉄)を強化させる重要なプロセスですが、大型部材の場合は、その内部まで急速に冷却することができません。そこでNi(ニッケル)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)などを添加して、遅い冷却速度でもマルテンサイトの生成率を向上させる(焼入れ性を上げる)工夫をしています。しかし、Ni、Cr、Moはレアメタル(希少金属)です。その名の通り、地球上に存在する量が稀であったり、(ある国や地域に)偏在していたりします。単体として抽出することが技術的に困難な点も、コストを引き上げる要因となっています。日本においては、その安定確保がしばしば課題となります。最近では、採掘や精錬における環境配慮も重要です。そこで代替材料の探索や消費量削減のための方策が求められています。私たち研究者の出番です。

わずか0.001%(10 wt.ppm)という微量の添加で、鋼の焼入れ性を向上させる元素としてB(ボロン/ホウ素)が知られています。しかし、Bは添加する量、つまり“さじ加減”が非常に難しく、効果や機能を最大限に発揮できる適切な量でなければ、鉄(鋼)の強度・品質の低下を招いてしまうのです。現在のところ、Bがオーステナイト中で、どのように固溶・拡散するのかといったメカニズムは解明されておらず、Bの利用は限定的なものにとどまっています。「ボロン鋼は可能性があるが、信頼性は低い」といった不名誉な評価もあるほどです。軽元素で固溶度が極めて低いBの測定は難しく世界中の研究者が試みるも、基本的知見の蓄積は遅々として進んでいません。私は「高周波グロー放電発光分光分析法(rf-GDOES)」に着目し、Fe中のBの振る舞いを解明する高精度な計測にチャレンジしています。Fe中のBの挙動を理解し制御することができれば、レアメタルフリーの設計指針構築につなげることができます。(後編に続く)

(図/写真1)関戸先生が挑む「高周波グロー放電発光分光分析(rf-GDOES)」 は、Ar グロー放電領域内で試料を高周波スパッタし,飛び出した原子の発光線を連続的に分光分析する手法。分析面積が広いため(φ1~8 mm)、微量元素の検出も可能であり、測定後、試料表面(被分析領域)に生じた凹みの深さを計測することで、表面から深さ方向の濃度プロファイル(~100 μm)を計測することができる。純 Fe 中に含まれる 1 wt.ppm のBを検出でき、3 wt.ppm以上であれば定量分析できるという。

(図/写真1)関戸先生が挑む「高周波グロー放電発光分光分析(rf-GDOES)」 は、Ar グロー放電領域内で試料を高周波スパッタし,飛び出した原子の発光線を連続的に分光分析する手法。分析面積が広いため(φ1~8 mm)、微量元素の検出も可能であり、測定後、試料表面(被分析領域)に生じた凹みの深さを計測することで、表面から深さ方向の濃度プロファイル(~100 μm)を計測することができる。純 Fe 中に含まれる 1 wt.ppm のBを検出でき、3 wt.ppm以上であれば定量分析できるという。

取材風景
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