腐食しないはずのPtが溶解する現象に挑む。
従来の知見に上書きする新しい理解を見い出す。


先ごろ開催された「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP25)」(2019年12月2日~12月15日、スペイン・マドリード)では、脱石炭に消極的な日本に対し(石炭火力発電の利用継続)、環境団体からの厳しい批判があったことが報じられました。地球温暖化とそれに起因すると考えられる気候変動を食い止めるためには、CO2などに代表される温室効果ガスの排出を削減する必要があると、世界中の多くの専門家が声を上げています。排出量を減らしていくためには、多様なエネルギー源を組み合わせることはもとより、再生可能エネルギーを活用していくことが鍵となります。その一翼を担うのが「燃料電池」です。

燃料電池は、水素と酸素を化学反応させて、直接「電気」をつくる装置です。中学生の時に学習する水の電気分解の逆反応ですね。もちろんCO2を出しません。現在、自動車(国内自動車メーカーが世界に先駆けて発売)、家庭用のエネルギー供給システム、モバイルバッテリーなどに実装されています。私が初めて燃料電池を知ったのは、中学生の時。当時大好きだった理科の先生が、授業で話してくれた時、「実現したら、世の中が変わるんだろうな」とワクワクした気持ちになったことを覚えています。それから10年後、大学で固体高分子形燃料電池(以下PEFC)の空気極触媒(Pt:白金)の研究に取り組むことになるのですから、縁があったのでしょう。それも所属した研究室では、取り組み始めて間もないテーマだったそうです。奇縁といっても過言ではないかもしれません。

PEFCの空気極触媒としてPtナノ粒子が用いられていますが、腐食に伴う粒子の粗大化によって、触媒活性が低下することが報告されていました。一方で従来の知見では、Ptは化学的に極めて安定していて、腐食しにくいとされています。“プラチナは永遠の輝き”などと装飾品の素材としても人気ですね。私の研究課題は、“腐食しないはず”のPtがPEFCの空気極の環境でどのように振る舞っているのかを探ることでした。

新しい研究テーマとして試行錯誤の連続、そして生みの苦しみがありましたが、丹念に実験を続けデータを蓄積させていくと溶解メカニズムが明らかになってきました。本来、腐食を抑制すると考えられてきた表面の酸化物(不働態)が、Ptの溶解の要因であったこと、特に酸化物の形成と還元を繰り返すことで溶解が加速されることがわかりました。現場で広く知られていた経験知をモデル化した基礎研究でした。

こうしたPt溶解メカニズムの新知見は、燃料電池だけではなく高耐食性の材料づくりの指針にもなっていきます。研究成果の影響力の大きさですね。非常に微量なPtの腐食を調査することはチャレンジングな取り組みでしたが、努力が成果につながる過程は、研究の持つ“おもしろさ”に気付かせてくれました。それまでは研究者になることを視野に置いていたわけではなかったのですが、博士後期課程に進んで研究を続けてみたいと思うようになりました。

学部を決める時も、研究室を選ぶときも、確固とした目標があったわけではなく、“なんとなく”といった直感やその時々の雰囲気で決めてしまったところがあります。何やらロールモデルとしては心もとないかもしれませんが、出会った先生のご指導や先輩の励ましに導かれ、何よりも「楽しさ」に鼓舞されて、研究の道を歩んできました。もちろん楽しさよりも厳しい局面の方が勝りますが、「前向きでいよう、ポジティブで行こう!」というのは、いつも変わらずに持ち続けているモットーです。学生のみなさんにも“研究”が垣間見せてくれるおもしろさやワクワクとする瞬間に出会ってほしいと強く願っています。

(図/写真1)菅原先生らが発起人となり、腐食防食学会内に若手コンソーシアムWG1を立ち上げた。現在、メンバーは10名余。大学、国の研究機関で活躍する研究者、企業の研究職で構成される産官学のコミュニティだ。若手会員が自由闊達に、次世代の腐食防食研究について意見を交換し、議論を深めている。左列の奥に座るのが菅原先生。ここから新しい風を興したいと語る。

(図/写真1)菅原先生らが発起人となり、腐食防食学会内に若手コンソーシアムWG1を立ち上げた。現在、メンバーは10名余。大学、国の研究機関で活躍する研究者、企業の研究職で構成される産官学のコミュニティだ。若手会員が自由闊達に、次世代の腐食防食研究について意見を交換し、議論を深めている。左列の奥に座るのが菅原先生。ここから新しい風を興したいと語る。

取材風景
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