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研究成果

入力電力が変動するグリーン水素製造装置における水電解電極の耐久性を向上 - 界面ミクロ構造の制御により触媒層の剥離を抑制 -

【発表のポイント】

  • 再生可能エネルギーで生み出す変動する電力を用いて運転するアルカリ水電解水素製造装置の主な劣化要因の一つをほぼ完全に抑制することに成功しました。
  • 簡易な熱処理により界面のミクロ構造を制御し、触媒層が剥離する起点を消失させ、構造を安定化させました。
  • 水電解装置の長寿命化への貢献が期待されます。

【概要】

再生可能エネルギー由来の電力を用いて水電解法により製造された水素はグリーン水素と呼ばれ、環境に優しいエネルギー源としての普及が期待されています。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは気象条件や時間帯によって変動します。水電解装置の1つであるアルカリ水電解では、再生可能エネルギーで生み出す電力の変動によって電解用電極から触媒が剥離し、性能が著しく低下することが課題となっていました。

東北大学大学院環境科学研究科の轟直人准教授、横浜国立大学先端科学高等研究院の長澤兼作准教授(研究当時、現 産業技術総合研究所 主任研究員)、同大学院理工学府の光島重徳教授らの共同研究グループは、簡易な熱処理により触媒層内部と触媒層・基板界面のミクロ構造を制御することで、剥離の起点となる欠陥を消失させ、触媒層の剥離をほぼ完全に抑制することに成功しました。本研究で用いた手法は様々な触媒や電極材料への応用が可能であると考えられ、将来的に水電解装置の長寿命化に貢献することが期待されます。

本研究の成果は、日本時間2023年5月9日にアメリカ化学会が発行するACS Applied Materials and Interfaces誌に掲載されました。

【研究の背景】

水素は化石燃料に代わる環境に優しいエネルギー源として普及が期待されています。水素は様々な手法により製造することができますが、製造時に二酸化炭素などの温室効果ガスを排出しないことがカーボンニュートラルの観点から重要です。水を電気分解することにより水素を製造する水電解法では、電解に必要な電力として太陽電池や風力発電などの再生可能エネルギー由来の電力を用いることにより二酸化炭素をほとんど排出せずに水素を製造でき、このような方法で製造された水素を「グリーン水素」と呼びます。現在、グリーン水素を大規模に製造するためのプロジェクトが世界各地で立ち上がっており、また水素製造コスト低減に向けた研究開発が活発に行われています。

水電解水素製造装置の1つであるアルカリ水電解は強アルカリ水溶液を電解液に用いることから電解槽や電極材料にニッケルなどの酸化しやすい卑金属を使用することを特徴とします。アルカリ水電解には、集電体となる純ニッケルに触媒層を形成した電極が用いられており、水素が発生する陰極の対極である陽極には触媒としてニッケルコバルト酸化物などの金属酸化物が広く用いられています。

この金属酸化物の触媒層は一定の電流で電解を行っている限りは比較的安定ですが、再生可能エネルギーに特徴的な変動する電力を用いて電解を行うと、電力の変動に応じて電極表面で酸化還元反応が繰り返し起こり、これにより触媒層が剥離し電極性能が著しく低下します。触媒層の剥離は再生可能エネルギー由来の電力を用いたアルカリ水電解装置の主要な劣化要因の1つであり、水電解装置の長寿命化に向けて触媒層の剥離メカニズムの解明、剥離抑制手法の開発は喫緊の課題とされています。

【今回の取り組み】

研究グループは、アルカリ水電解陽極の触媒として広く用いられているニッケルコバルト酸化物(NiCo2O4)を触媒層としてニッケル集電体基板上に形成した電極を用い、触媒層剥離のメカニズムを検討することから始めました。作製直後の試料は再生可能エネルギー由来の電力変動を模擬した加速劣化試験下で容易に触媒層が剥離し、電極特性が劣化しました(図1左)。劣化後試料の組織観察から、触媒層の剥離が触媒層および触媒層と基板との界面に存在するナノスケールの欠陥に起因することが予想されました(図2上部)。

この結果を受け、後熱処理(ポストアニール)で電極材料のミクロ構造を制御することによる触媒層の剥離抑制を試みました。熱処理温度等の処理条件を検討した結果、400℃、24時間の熱処理を行なった試料で剥離がほぼ完全に抑制されました(図2下部)。初期の電極性能はやや低下したものの、試験中に徐々に電極性能が向上し、後処理無しの試料の2倍の負荷サイクル数にもかかわらず高い電極性能を維持しました(図1右)。電子顕微鏡を用い原子・ナノスケールでの詳細な構造解析の結果、熱処理後試料の触媒層中には剥離の起点となる欠陥が消失していることがわかりました。さらに触媒層と集電体基板の界面にコバルトが微量添加されたニッケル酸化物(CoドープNiO)が中間層として生成しており、この中間層が触媒層と集電体基板を強固に接合し構造的に安定化していることが明らかになりました。

【今後の展開】

今回開発した技術は、特別な装置を必要とせず、極めて簡易な熱処理のみのプロセスであり、実用的な高表面積電極に対しても十分適用可能なものです。また処理条件を検討することで異なる触媒材料や集電体電極への応用も可能であると考えられます。本技術の進展、展開により水電解法により製造したグリーン水素のコスト低減が促進され、水素社会の構築に貢献することが期待されます。

図1. NiCo2O4触媒/Ni集電体電極の耐久性図

図1. NiCo2O4触媒/Ni集電体電極の耐久性図

図2. NiCo2O4触媒/Ni集電体電極断面の走査型電子顕微鏡像

図2. NiCo2O4触媒/Ni集電体電極断面の走査型電子顕微鏡像

【謝辞】

本研究はトヨタモビリティ基金「水素社会実現に向けた共同研究プログラム」および文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)課題番号JP21H01661の助成を受けて行われました。

【論文情報】

タイトル
Suppression of Catalyst Layer Detachment by Interfacial Microstructural Modulation of NiCo2O4/Ni Oxygen Evolution Electrode for Renewable Energy–Powered Alkaline Water Electrolysis
著者名
Naoto Todoroki*, Kensaku Nagasawa, Hayato Enjoji and Shigenori Mitsushima
*責任著者
東北大学大学院環境科学研究科 准教授 轟 直人
DOI
10.1021/acsami.3c01572
掲載誌
ACS Applied Materials and Interfaces
URL