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研究成果

相変化メモリの消費電力二桁減につながる新材料を発見 - 高速化が進む演算速度に追従する半導体メモリ用材料として期待 -

【発表のポイント】

  • 二次元層状物質(注 1)であるテルル化ニオブ(NbTe4)がアモルファス/結晶相変化(注2)により大きな電気抵抗変化を示すことを発見。
  • 従来の常識を打ち破る低融点かつ高結晶化温度の実現により、実用のGe-Sb-Te化合物(GST)(注 3)よりも約二桁の動作エネルギー低減が可能。
  • 省エネルギー、高速動作かつ高温使用を可能とする不揮発性メモリ(注 4)の新材料として期待。

【概要】

Society5.0(注5)の実現およびその発展に向けて、省エネルギーや高速動作を実現する半導体メモリ素材の開発が求められています。

東北大学材料科学高等研究所の双逸助教と同大学大学院工学研究科の須藤祐司教授は、同大学の金属材料研究所および未来科学技術共同研究センター、産業技術総合研究所、慶應義塾大学の研究者らとともに、二次元層状物質であるNbTe4が、アモルファス/結晶相変化により、一桁以上の大きな電気抵抗変化を生じることを発見しました。またNbTe4のアモルファス化温度(=融点)は約450℃と極めて低いにもかかわらず、その結晶化温度が約270℃と高いことが分かりました。このことはNbTe4がアモルファス化しやすく、かつそのアモルファス相が熱的にも安定であることを意味します。さらにアモルファス/結晶相変化が数十ナノ(ナノは10億分の1)秒といった極短時間で生じることを実証しました。

高い結晶化温度でかつ低い融点を両立し、高速相変化を示すNbTe4は、省エネルギー、高速動作かつ高温使用を可能とする不揮発性メモリの新しい材料となることが期待されます。

本成果は、2023年6月20日にドイツの科学誌 Advanced Materialsのオンライン版で公開されました。

【研究の背景】

Society 5.0の実現およびその発展に向けて、その社会の根幹を担う“膨大なデータ”の収集(センサー)や保存(データストレージ)を行う次世代電子デバイスの開発が待ち望まれており、それを実現する新しい材料の創成が強く期待されています。次世代材料として、外場(温度や電場など)に対してある特定の応答を示す「スマートマテリアル」が期待されています。なかでも、外場によって生じる相の変化により大きな物性変化(電気特性や光学特性)を示す相変化材料が、不揮発性メモリやセンサー用の次世代材料として注目されています。材料の相変化に伴う大きな物性変化を利用するため、デバイス動作原理が単純であり、素子の微細化が可能です。

相変化材料を用いた不揮発性メモリを相変化メモリ(PCRAM)(注6)と呼びます。一般的に、PCRAMに用いられる相変化材料は、アモルファス相と結晶相の間での相変化が利用されます。通常、アモルファス相は高い電気抵抗を持つ一方、結晶相は低い電気抵抗を持ち、この相の電気抵抗差を利用してデータを記録します。材料の相変化は電気パルスの印加によりジュール加熱をすることで行います。現在、実用のPCRAMには、Ge-Sb-Te化合物(GST)が利用されています。GSTのメリットは、数十ナノ秒といった高速動作が可能であることと、データ書き換えの耐久性にも優れていることです。しかし次世代PCRAMの開発に向け、GSTの材料的課題が指摘されています。

第一の課題は、GSTが持つ低い結晶化温度(約160℃)に起因した低い耐熱性です。これにより自動車分野など高温環境での利用に制限があります。また、一つの素子に電気パルスを印加して相変化させる(メモリ素子のデータ書き換えを行う)際に、隣接する素子にも熱の影響が及び、意図しないデータの書き換えが生じてしまうリスクがあります。このリスクは、メモリ素子の微細化・高密度化に伴って益々顕著になります。

第二の課題は、GSTを相変化させる際に要するエネルギー、特に、アモルファス化するために大きなジュールエネルギーが必要になるため消費電力が高くなってしまうことです。これはGSTの融点が高いことに起因します。次世代に向けPCRAMをさらに本格的に普及させるため、これらの課題を解決する新しい相変化材料の創成が待ち望まれています。

【今回の取り組み】

以上の背景の下、東北大学材料科学高等研究所の双逸助教と同大学大学院工学研究科の須藤祐司教授(材料科学高等研究所兼務)ならびに材料科学高等研究所の陳茜助教(研究当時は同大学未来科学技術共同研究センター所属および同大学金属材料研究所兼務)、金属材料研究所の久保百司教授(未来科学技術共同研究センター兼務)らの研究グループは、産業技術総合研究所デバイス技術研究部門システマティックマテリアルズデザイングループの齊藤雄太研究グループ長、畑山祥吾研究員および慶應義塾大学のPaul Fons教授らと共同で、上記課題を解決する新材料を見いだしました。本成果は、様々な遷移金属カルコゲナイド(注7)相変化挙動を調査する過程で発見したものです。具体的には、二次元層状物質として知られるNbTe4が、これまでの二次元層状物質では見られなかった低い融点および高い結晶化温度を両立し(図1)、かつ、アモルファス相と結晶相の間で高速の相変化が可逆的に生じることを見いだしました(図2)。興味深いことに、NbTe4は、従来の相変化材料とは異なりアモルファス相の方が結晶相よりも電気抵抗が低いことが分かりました。アモルファス相の低い電気抵抗は、アモルファス相内のNbクラスター(Nb原子の集団)の存在に起因していることを突き止めました。また、アモルファス相と結晶相では元素間の結合の配位数や化学結合様式が大きく異なっており、その大きな相違ゆえに、アモルファス相が熱的安定性に優れていることを明らかにしました。

本NbTe4は、低い融点(約450℃)かつ高い結晶化温度(約270℃)を有するため、従来材料に比して、約二桁の動作エネルギー低減が可能であり、また、10年間の保証温度は最大で135℃と高い耐熱性を有します(既存のGSTは85℃程度)。また、NbTe4は、GSTにも劣らない30nsでの高速データ書き換えが可能であることを実証しており、低消費電力、高温データ保持性、素子微細化、高速動作を兼ね備えるPCRAMの実現が大いに期待できます。

二次元層状物質は、原子レベルの極限の薄さでも優れた電気的特性を示すため、世界中で研究されています。これまでにも、MoS2やMoTe2といった二次元層状物質のアモルファス化や結晶化に関する研究はなされてきましたが、いずれの材料も融点が1000℃以上と非常に高く(図1)、アモルファス相/結晶相間の相変化を利用した電子デバイス応用には不向きと言わざるを得ません。それ故、二次元層状物質については、もっぱら剥離法で得られた二次元物質(数原子層の厚さ)の結晶構造変化(二種類の結晶相間の構造変化)に関する研究が世界中で盛んに行われています。ただし二次元層状物質において、アモルファス相と結晶相間の相変化による大きな物性変化といった機能を利用できれば、二次元層状物質に新しい自由度を加えることができ、これまでにない電子デバイスの創成が期待できます。今回のNbTe4相変化材料の発見は、二次元層状物質の新たな可能性を拓くと言えます。

【今後の展開】

NbTe4相変化材料のPCRAMへの応用を実現するには、メモリスイッチング性能(特にデータ書き換え耐久性)を向上させるためのメモリ素子構造の最適化が不可欠であり、メモリ素子の微細化効果も含めたさらなる研究が望まれます。また二次元層状物質であるNbTe4は超伝導体としても知られています。既存のスパッタリング成膜手法により結晶配向性に優れる二次元層状NbTe4薄膜の形成も可能であり、不揮発性相変化メモリのみならず、相変化挙動を制御することで、電界効果トランジスタや超伝導体デバイスといった、様々な次世代半導体デバイスの創成も期待できます。

図1. 様々な二次元層状物質の融点と結晶化温度の関係。本成果のNbTe4は、従来の二次元層状物質に比較して極めて融点が低いにもかかわらず、200℃以上の高い結晶化温度を維持。

2D TMT:二次元遷移金属テトラカルコゲナイド (2Dimensional Transition-Metal Tetrachalcogenide, MX4, M:遷移金属元素, X: カルコゲン元素)

2D TMD:二次元遷移金属ダイカルコゲナイド (2Dimensional Transition-Metal Dichalcogenide, MX2, M:遷移金属元素, X: カルコゲン元素)

図2. アモルファス相と結晶相の電子回折図形および結晶相の透過電子顕微鏡像。ランダムな原子配置を有するアモルファス構造と原子が規則的に配列した二次元層状構造の間で相変化。

【謝辞】

本研究は、JSPS 科研費(課題番号 JP21H05009、JP22K20474)、日本板硝子材料科学財団(NSG財団)、エプソン国際奨学財団、日本金属学会フロンティア研究および東北大学WPI-AIMR Fusion Researchの助成を受けたものです。 また研究の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構 (NICT)(03701)の委託研究により行われました。

【用語解説】

注1. 二次元層状物質

次世代の電子デバイス材料として注目を集めている物質。原子層が積層して結晶構造を構成している。グラファイトは代表的な二次元層状物質である。

注2. アモルファス/結晶相変化

原子配列が不規則で結晶構造のような規則性をもたない状態をアモルファスといい、アモルファス-結晶と状態が変化することを指す。

注3. Ge-Sb-Te化合物(GST)

GSTは、アモルファス相と結晶相間の相変化に伴って大きな光学反射率変化を示すため、PCRAMに先立って光記録ディスクに実用されました。GSTは、相変化に伴い大きな電気抵抗変化も示すため、PCRAM用材料としても実用されています。

注4. 不揮発性メモリ

コンピュータの電源を切ってもデータ(情報)を記録保持しているメモリのことを言います。

注5. Society 5.0

政府が第5期科学技術基本計画で提唱した、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く。

注6. 相変化メモリ(PCRAM)

相変化材料を用いた不揮発性メモリ。アモルファス/結晶相変化は、電気パルスの印加によりジュール加熱をすることで行い、通常、電気抵抗が高いアモルファス相をリセット「0」、電気抵抗が低い結晶相をセット「1」として情報を記録します。それ故、PCRAMメモリセルは、相変化材料の上下を電極で挟みこんだ単純な構造を有するため、他の次世代メモリに比較して、製造コストや集積度の面で有利とされています。最近では、DRAMとフラッシュメモリの性能の差を埋めるストレージクラスメモリとして実用されており、コンピュータの高速動作を実現しています。

注7. 遷移金属カルコゲナイド

カルコゲナイドとは、周期表の酸素と同じ族に位置する元素(硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)など)からなる化合物のことを指し、特に、遷移金属を含むものを遷移金属カルコゲナイドという。

【論文情報】

タイトル
NbTe4 Phase-Change Material: Breaking the Phase-Change Temperature Balance in 2D van der Waals Transition-metal Binary Chalcogenide
著者名
Yi Shuang*1, Qian Chen, Mihyeon Kim, Yinli Wang, Yuta Saito, Shogo Hatayama, Paul Fons, Daisuke Ando, Momoji Kubo, and Yuji Sutou*2
*1 責任著者
東北大学材料科学高等研究所 助教 双 逸
*2 責任著者
東北大学大学院工学研究科 教授 須藤 祐司


掲載誌
Advanced Materials
DOI
10.1002/adma.202303646
URL