History

1、溶接・接合研究室の沿革

 溶接・接合の研究を行っている私たち佐藤研究室の歴史は小林卓郎先生(東北大学名誉教授)が昭和36年金属材料工学科に第三講座の担当教授として赴任された時に始まります。「金属材料工学科設立の経緯」(門間改三:るつぼ・創立五十周年記念号属工学, 1974.)によると、「的場工学部長より提案があり、また鋼構造などにおける溶接技術の目覚ましい発展が金科卒業生である名大関口教授、阪大岡田教授の指導のもとでなされた時代でもあったので、溶接工学の講座を設けることを決定した。」とあります。名古屋大学関口春次郎教授の助教授であった小林卓郎先生が東北大学に着任された時の講座名称は「金属塑性学」でありましたが、昭和38年には「応用金属学」講座と改称されました。昭和43年には、金属加工学科(昭和40年新設)に移り「金属接合加工学」講座となり、それが昭和46年には「溶接工学」講座と改称されました。昭和54年までの18年間の小林研究室時代に4つの講座名を変遷しました。昭和54年小林卓郎教授が定年御退官になり、すぐ桑名武教授(現東北大学名誉教授)が後を継がれました。桑名研究室時代は、学科名が金属加工学科から材料加工学科と改称されましたが、講座名は溶接工学講座で一貫しています。平成8年に桑名武教授が定年御退官になり、粉川博之教授がその後を継いだ時は溶接工学講座でありましたが、平成院重点化による改組にともなって、大学院工学研究科材料加工プロセス学専攻材料加工設計学講座という大講座の中の大学加工設計学分野という名称で溶接・接合の研究室となりました。さらに2004年には国立大学法人化に伴う改組により材料システム工学専攻接合界面制御学講座となりました。そして粉川博之教授が2017年3月に定年退職され、当研究室は佐藤裕教授に引き継がれました。以下に講座(分野)の変遷と在籍した教官、教員および技官、技術職員の名前、職名とその期間を示します。

 

2、研究の発展

 上述の歴史を持つ本講座(分野)は、その名の通り溶接・接合に関する研究・教育に携わって来ました。歴史的には、岡田実大阪大学名誉教授(昭和五年卒)と関口春次郎名古屋大学名誉教授(昭和五年卒)という東北大学工学部金属工学科出身の二人が日本の溶接工学の黎明期をリードされ、その一人の関口先生のもとで活躍された小林卓郎先生が東北大学に当講座を開かれるという、いわば逆輸入的な出発の経緯を持っております。

 小林研究室時代の研究テーマには、溶接工学の教科書に出てくるような、鋼のアーク溶接部に生じる脆性破壊や低温割れ、溶接歪み、残留応力に関する非常に基本的なものがありました。その一方で、アーク溶接過程における溶融金属と雰囲気とのガス・メタル反応として、窒素吸収挙動の研究が始められ、以後この研究室の特徴的な研究テーマとなりました。特に、溶接雰囲気中の窒素分圧を正確に制御するために、大きなチェンバーの中にアーク溶接機を入れた装置を作製し、アーク溶接過程における溶接金属の窒素吸収挙動を熱力学的検討を行いました。さらに、深水中での溶接作業を想定して30気圧まで加圧可能な溶接雰囲気調整チェンバーも設置し、高圧雰囲気下でのアーク溶接現象やガス・メタル反応に関する基礎的データを得ました。また、被覆アーク溶接やサブマージアーク溶接における溶接金属とスラグのスラグ・メタル反応についても研究されていました。一方、新しい溶接法の開発として、被覆剤もシールドガスも用いない鋼の無被包アーク溶接や、シールドガスへの窒素添加による溶け込みの改善や気孔防止を目的としたAr-N2ガス・メタル・アーク溶接などプロセス開発的な研究もなされておりました。

 桑名研究室時代には、小林研時代に始められたアーク溶接過程における溶接金属のガス吸収に関する研究がさらに押し進められ、鋼溶接金属の窒素吸収をより定量化的に調査し、窒素の定量予測を行うとともに、窒素吸収に伴うミクロ組織変化と機械特性や腐食特性との関連性が明らかにされました。同時に、アーク溶接過程における鋼溶接金属の酸素吸収に関する研究が始められ、機械的特性との関連性が系統的に調べられました。また、高圧雰囲気下でのアーク溶接過程における鋼のガス吸収挙動に対して、アーク現象と化学冶金学の双方を考慮した議論がなされました。一方、透過電子顕微鏡を用いたステンレス鋼溶接部の材料組織学的研究が行われ、溶接金属組織の結晶方位から組織形成機構が検討されました。また、オーステナイト系ステンレス鋼のウェルドディケイと粒界構造の関係が示されました。さらに、微細粒二相混合組織を持つ二相ステンレス鋼やチタン合金の超塑性拡散接合やニッケル合金の液相拡散接合接合に関する研究も行われ、接合機構と接合特性について検討されました。

 粉川研究室での研究は前研究室時代の流れを引き継いだ研究と新たに始めた研究とがありました。前者にあたる溶接金属の窒素吸収に関する研究は、レーザ溶接にその対象を変えて継続され、レーザ溶接過程の窒素の挙動がアーク溶接過程とかなり異なることが明らかにされました。また、レーザ溶接が、窒素の放出を抑制し組織変化を小さく押さえることが出来ることから、高窒素鋼へのレーザ溶接法の適用可能性についても検討しておりました。桑名研時代に始められたオーステナイト系材料のウェルドディケイと粒界構造の研究は、走査電子顕による結晶方位マッピングが可能になったことから、粒界構造制御による高耐食材料の開発を進め、ウェルドディケイの抑制を試みてい方位マッピングを利用した溶接部の結機械的性質晶粒組織を解析から、粒界割れや超音波透過性との関連を調査しておりました。また、Al合金の接合に関して、Friction Stir Welding、摩擦圧接、レーザ溶接、超音波接合などよる接合部のミクロ組織形成機構に関する研究を進められました。

 現在、佐藤研究室では粉川研時代に行われていた研究の流れを引き継いで研究を進めております。各研究室時代の研究テーマの代表的なものを各5つずつ以下に示します。

小林研究室時代(1961~1979)

  • 鋼溶接部の破壊および溶接割れに関する研究
  • 鋼溶接歪および溶接残留応力に関する研究
  • 鋼溶接部の組織および機械的性質に関する研究
  • 溶接冶金反応に関する研究(アーク溶接における窒素吸収、エレクトロスラグ溶接におけるスラグ・メタル反応)
  • 新しい溶接法の開発に関する研究(鋼の無被包アーク溶接、Ar-N2ガス・メタル・アーク溶接)

 

桑名研究室時代(1979~1996)

  • 鋼溶接金属の窒素吸収に関する研究(窒素吸収に伴う組織、機械的性質変化)
  • 鋼溶接金属の酸素吸収に関する研究(酸素吸収に伴う組織、機械的性質変化)
  • 高圧雰囲気における鋼の溶接に関する研究
  • ステンレス鋼溶接部の組織学的研究(溶接金属の変態・析出、ウェルドディケイと粒界構造)
  • 二相合金の超塑性接合に関する研究

 

粉川研究室(1996~2017)

  • レーザ溶接過程の鋼の窒素吸収・放出(高窒素鋼のレーザ溶接)
  • 小型パンチ試験による鋼溶接部の機械的特性評価(局所的な機械的性質、レーザ・電子ビーム溶接部)
  • 粒界構造制御による難鋭敏化材料の開発(ウェルドディケイの抑制)
  • オーステナイト系材料溶接部の特性と結晶粒組織(超音波透過性、液体金属脆化、高温割れ)
  • Al合金の接合(摩擦攪拌接合、摩擦圧接、レーザ溶接、超音波接合)

 

佐藤研究室(2017~)

  • 異種金属接合に関する研究(合金元素の影響など)
  • 摩擦攪拌接合(FSW)における接合入熱が与える影響(接合部の機械的特性、ツール形状)
  • 摩擦攪拌を用いたプラント用構造物の補修技術に関する研究
  • 超音波接合における接合部特性評価、および形成過程の解明
  • オーステナイト系ステンレス鋼の粒界性格分布制御

 

3、おわりに

 接合技術は加工プロセスの中でも重要な地位を確立してきました。しかし、接合部が他の部分に比べて特性が異なる特殊な場所で、強度的にも弱点と見られがちで、プラントや構造物などの大きな事故原因の可能性として接合部がしばしば取り上げられるのも事実であり、それは接合部の特殊性に起因しております。本研究室では、材料学的観点から特殊性を軽減すべく、組織制御による接合部の特性改善に関する研究に取り組んでいます。また、接合が困難なためにその優れた特性を発揮できないでいる材料が多数あり、新素材や異種材料の接合性は一般に乏しいのが現状です。難接合材料のの接合技術の確立と、接合性の良い材料の開発を目指した研究を進めております。