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研究成果

金属分野の常識を打ち破る,単結晶成長メカニズムを解明 ―形状記憶合金の量産プロセス開発で耐震分野の実用化に道筋―

【発表のポイント】
  • 単純な熱処理で金属の結晶粒が急激に成長する現象のメカニズムを解明
  • 解明したメカニズムを基に,単結晶形状記憶合金の量産プロセスを開発
  • 建物の耐震性を高める形状記憶合金部材の実用化に道筋

【概要】
東北大学大学院工学研究科の大森俊洋准教授(金属フロンティア工学専攻),貝沼亮介教授(同専攻)の研究グループは,京都大学大学院工学研究科の荒木慶一准教授(建築学専攻),株式会社古河テクノマテリアル特殊金属事業部の喜瀬純男課長(技術開発課)のグループと共同で,銅を主成分とする形状記憶合金の単結晶部材が量産できる製造プロセスを開発しました。

通常,金属は多数の結晶粒(同一方向の規則的な原子配列を持つ領域)で構成されます。本研究では,単純な熱処理で特定の結晶粒が急激に大きくなる「異常粒成長現象(図1)」を引き起こすメカニズムを解明。また,長さ70センチの単結晶棒材の製造に成功しました。一つの結晶粒のみからなる単結晶の形状記憶合金が量産できると分かったのは,我々も当初は全く予想していなかった,金属学の常識を覆す画期的な成果です。

実用面では,単結晶形状記憶合金部材の製造に要するコストが数百分~数十分の1と,飛躍的に低減できます。また,部材を単結晶化することで,変形回復や疲労などの特性を数倍から数十倍に向上でき(図2),建物の耐震性を高める特殊部材(鉄筋注1の一部を代替)としての実用化に道筋がつきました。

この研究成果は2017年8月25日(英国時間),英科学誌「Nature Communications(電子版)」で公開されます。

【参考図】(分かりやすくするため,論文中の図や動画に矢印などを追加しています)

図1:異常粒成長により一つの結晶粒が粗大化する様子(白点線は各結晶粒の境界)

図1:異常粒成長により一つの結晶粒が粗大化する様子(白点線は各結晶粒の境界)

図2:単結晶形状記憶合金部材の変形回復の様子

図2:単結晶形状記憶合金部材の変形回復の様子


Cu-Al-Mn単結晶の超弾性.サイクル熱処理により作製した直径16mm,長さ680mmのCu-Al-Mn単結晶棒を曲げた様子.変形がほとんど残留せずに元の形状に回復している.


【発表論文】
タイトル:Ultra-large single crystals by abnormal grain growth
著者名:Tomoe Kusama, Toshihiro Omori, Takashi Saito, Sumio Kise, Toyonobu Tanaka, Yoshikazu Araki, Ryosuke Kainuma
掲載誌:Nature Communications(電子版)
doi:10.1038/s41467-017-00383-0
URL:https://www.nature.com/ncomms/


【本研究の背景】
1994年に米ロサンゼルスで大きな被害を出したノースリッジ地震や,阪神・淡路大震災を引き起こした1995年の兵庫県南部地震では,震度7の極めて強い揺れで高速道路や多くのビルが倒壊しました。また,倒壊しなかった多くの建物が,地震後に損傷や傾きのために取り壊され,取り壊しを免れた建物も補修に多大な時間とコストがかかりました。そのため,これらの地震と同程度の揺れが複数回起きても損傷や変形が残らず,地震直後に利用を再開できる建物の開発が切望されています。そのような中で,大きな変形でもすぐに形が元に戻る「超弾性注2」を有する形状記憶合金を,地震時に変形が集中する部位で鉄筋の代わりに使おうとする試みが,米国を中心に研究されています。

形状記憶合金には様々な種類があります。現在,最も生産量が多く,カテーテルや歯列矯正ワイヤーなど医療分野で広く利用されているニッケル-チタン形状記憶合金では,建物の耐震性向上に用いる特殊部材(直径が数センチ,長さ数十センチの部材)で良好な超弾性特性の実現は難しく,また実現できたとしても部材コストが非常に高価になります。

そのため,ニッケル-チタン形状記憶合金と同等以上の超弾性特性を現実的なコストで実現できる,新しい形状記憶合金部材の量産技術の開発が切望されていました。


【本研究の成果】
以上の背景の下,我々は貝沼教授らが1990年代に開発した銅を主成分とする「銅-アルミ-マンガン形状記憶合金(以下,銅系形状記憶合金)」を建物の耐震性を高める特殊部材として用いるため,2006年から研究開発を続けてきました。銅系形状記憶合金は,部材全体が一つの結晶粒(=単結晶)の時に最も優れた超弾性特性を示すことが知られています。また,これまでの研究から,結晶粒の境目は破壊の起点となるため,大地震時の多数回の変形に耐えるには,部材の単結晶化が必要不可欠だと分かりました。

通常,金属の結晶粒は大きくとも1ミリ程度で,建物の耐震化で要求される直径が数センチ,長さ数十センチの特殊部材を単結晶化するには,製造コストが非常に大きくなるというのが,従来の金属学の常識でした。また,我々も数年前までは,単結晶形状記憶合金部材を量産するのは実質上不可能と考えており,銅系形状記憶合金の超弾性特性や疲労特性の改善に向け,単結晶化とは異なる方法を模索していました。

この状況下で本グループは,銅系形状記憶合金において高温からの冷却と加熱を繰り返すサイクル熱処理で生じる異常粒成長現象(図1)のメカニズムを解明しました。また,その知見を基に,銅系形状記憶合金の単結晶部材を製造する熱処理プロセスを開発。これは,単純な熱処理のみからなるプロセスで量産に適した技術です。これまでに直径1.5センチ,長さ70センチの単結晶棒材の製造を実証し,この棒材が優れた超弾性特性を示すことを確認しました(図2)。異常粒成長現象のメカニズムで最も興味深いのは,部材の直径が大きいほど結晶粒が成長しやすい点です。これは,直径が大きいほど単結晶化しやすいことを意味し,学術的にも実用的にも,従来の常識を大きく覆す発見です。


【研究成果の意義】
これまで形状記憶合金は,製造コストや技術面から,最大で直径3ミリ程度の部材として,医療用カテーテルなどに利用が限定されていました。今回の研究成果で直径1センチを超える銅系形状記憶合金の各種工業部材の量産が可能になり,特に建物の耐震性を高める特殊部材への実用化に道筋がつきました。

昨年の熊本地震では,数時間から数日といった短期間に,震度7の極めて強い揺れが連続して建物を襲ったため,最初の強い揺れで耐震性が低下したところに,続けて強い揺れがくることで,建物が大きな被害を被りました。しかし,本研究の単結晶形状記憶合金を耐震性向上用特殊部材として使えば,短期間の連続した強い揺れでも変形や損傷が残らず,耐震性が劣化しない建物の実現が期待されます。この展望の下,数年以内の実用化に向け,米国のネバダ大学や南カリフォルニア大学,英シェフィールド大学などと国際的な共同研究を展開しています。


【研究プロジェクト】
本研究は,独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金及び国立研究開発法人科学技術振興機構研究成果最適展開支援プログラムにより実施されました。


【用語の説明】
注1) 鉄筋
コンクリートの柱や梁の中に配置される鋼棒(鉄の棒)。コンクリートは圧縮の力には強いが引っ張りの力には弱いため,鋼棒を内蔵することで補強している。

注2) 超弾性
棒の長さに対して最大10%程度の極めて大きな伸びを与えても,荷重を除くだけで変形が回復する特性(通常の金属の弾性と比較して約10倍の変形回復量)。なお,形状記憶合金は成分比などに応じて,変形が加熱により回復する「形状記憶効果」か,除荷重により回復する「超弾性」のいずれかを持つ。


リンク先:
東北大学
東北大学工学研究科・工学部