ニュース

研究成果

固体酸化物形燃料電池の電極特性を向上させる機構の発見 − コバルト酸化物の酸素吸着・解離触媒活性を解明 −

発表のポイント

  • コバルト酸化物は固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電極特性を向上させる
  • コバルトイオンの巨大クラスターが酸素の吸着・解離反応を促進することを確認した
  • 酸化物の触媒活性を簡便・高速に測定する新たなパルス同位体交換法を開発した
  • SOFCや空気二次電池の電極開発に新たな材料設計指針を与える成果

概要

固体酸化物形燃料電池(SOFC)はサステイナブルな家庭用電源として注目されています。SOFCの発電特性はコバルト酸化物を含む電極材料の利用によって著しく向上しますが、なぜコバルト酸化物が優れた電極特性を示すのか、その起源は不明でした。東北大学大学院工学研究科の博士課程後期3年戸村勇登、高村仁教授らの研究グループは、酸化物表面の触媒活性を簡便かつ高速に測定する新たなパルス同位体交換法を開発し、コバルト酸化物表面ではコバルトイオンの巨大クラスター形成が酸素の吸着・解離反応を促進することを見出しました。この成果は、SOFCの空気側電極に新たな材料設計指針を与えるものであり、酸素吸着・解離反応が重要な空気二次電池の開発にも新たな展開が期待されます。

本成果は、英国王立化学会の学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。

図1 コバルト酸化物表面での酸素吸着・解離反応の模式図

図1 コバルト酸化物表面での酸素吸着・解離反応の模式図

研究の背景とポイント

現在、固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell; SOFC)注1はエネファーム type Sとして実用化され、水素エネルギー社会実現の一翼を担っています。SOFCのさらなる普及のためには、電極材料の高性能化・信頼性向上や750℃程度である作動温度の低減が必要です。その鍵となるのは、空気中の酸素を吸着・解離・イオン化させる正極(カソード)材料注2です。この正極材料としては、従来からコバルトを含有する酸化物、例えばLa-Sr-Co系酸化物やBa-Sr-Co-Fe系酸化物などが優れた特性を示すことが知られていました。また、最近では、これら酸化物にCo3O4を複合化することでさらに発電特性が向上することが報告され、コバルトは正極材料において特性向上を担う“魔法の元素”として注目が集まっていました。しかし、SOFCが作動する高温領域でのコバルト酸化物の酸素吸着・解離触媒活性については不明な点が多く、理解が進んでいませんでした。

そこで、本研究グループでは、酸化物表面の触媒活性を簡便かつ高速に測定する新たなパルス同位体交換法注3を開発し、コバルトを含む様々な酸化物表面の酸素吸着・解離反応速度注4を測定することに成功しました。その結果、コバルトを含む酸化物ではその結晶構造によらず、一定のコバルト濃度をしきい値として急激な反応速度の増加が確認されました(図2)。この挙動は酸化物表面でのコバルトイオンのパーコレーション現象注5と理解され、高い酸素吸着・解離反応速度を示すコバルト濃度以上では、コバルトイオンの巨大クラスターが形成(図2の赤色部分)されていることがモンテカルロシミュレーション注6により示されました。

図2 コバルト酸化物の酸素吸着・解離反応速度のCo量依存性。ρが0.55付近を境に急減に酸素吸着・解離反応速度が増加しており、パーコレーション理論とよく一致する。図中にはρが0.5と0.594の場合に存在するコバルトイオンの最大クラスターを赤色で示している。

図2 コバルト酸化物の酸素吸着・解離反応速度のCo量依存性。ρが0.55付近を境に急減に酸素吸着・解離反応速度が増加しており、パーコレーション理論とよく一致する。図中にはρが0.5と0.594の場合に存在するコバルトイオンの最大クラスターを赤色で示している。

今後の展望

コバルトイオンの巨大クラスター形成が酸化物表面での酸素吸着・解離反応を著しく促進する効果は、SOFCの正極材料開発に新たな材料設計指針をもたらします。すなわち、コバルトを高濃度に含み酸素吸着・解離触媒活性の高い酸化物とイオン化や取り込みを担う酸化物で役割を分担し、それらを適切に配置することで両者の利点を活かした高性能電極の開発が期待されます。また、酸素の吸着・解離反応は空気二次電池の電極材料においても重要課題であり、この分野への波及効果も期待できます。さらに、今回開発された新たなパルス同位体交換法は、数10 mgの粉末試料を用いて迅速にその触媒活性を評価できるため、ナノ粒子など微量で特殊な形態をもつ材料の酸素吸着・解離反応速度の解明にも有効です。

掲載論文

雑誌名: Journal of Materials Chemistry A
タイトル: Catalytic activity for dissociative oxygen adsorption of Co-based oxides at high temperature evaluated by a modified pulse isotopic exchange technique
著者: Yuto Tomura, Toma Tazawa, Itaru Oikawa and Hitoshi Takamura
URL: http://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2020/TA/D0TA04747C
DOI: 10.1039/D0TA04747C

用語解説

注1 固体酸化物形燃料電池
電解質に固体の酸化物を用いる高温作動の燃料電池。室温作動の燃料電池と比べて発電効率が50%程度と高いことや燃料の多様性が利点。

注2 正極(カソード)材料
固体酸化物形燃料電池の構成材料の一つであり、燃料電池の空気側電極となる材料。化学反応として酸素の還元反応が起こる。

注3 パルス同位体交換法
酸化物の酸素吸着・解離反応速度を測定する手法の一つであり、粉末試料を用いる。今回の研究で開発した新たな方法では、これまで測定が困難であった酸化物表面で吸着・解離反応のみが起こる試料の測定が可能となった。

注4 酸素吸着・解離反応速度
ガス中の酸素分子が固体表面に吸着して原子に解離する反応の速度。反応式としてはO_2+2n e^-⇄2O_ad^(n-)で表されるが、実際には、固体表面の欠陥との相互作用なども関与する。

注5 パーコレーション現象
例えば、金属と絶縁体の粒子を混合したときに、その混合比がある値(しきい値)に達したときに急激に電気が流れる現象。電気伝導に限らず様々な物理現象で観測される。

注6 モンテカルロシミュレーション
乱数を用いて物理現象を再現する手法。