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研究成果

スピン流を利用した高効率磁化反転の新原理を確立 -
スピン流を効率的に利用し、外部磁場不要・30%低電流を実現 -

【発表のポイント】

  • 不揮発性磁気メモリの高密度化・省電力化が可能な新手法を開発
  • 既存の磁化反転方法と比較し30%の低電流密度化を実現
  • 大量生産に適用可能な積層構造を用いているため、IoT・AIなどに必要な高密度・省電力記録素子へ応用可能

概要

IoTやAIの普及により今後爆発的な情報量増加が見込まれる情報通信社会において、情報を高密度かつ省電力で記録できる不揮発性磁気メモリ(※1)は必要不可欠となります。

東北大学大学院工学研究科・高等研究機構新領域創成部(FRiD)の好田誠 教授、新田淳作 名誉教授らは、韓国科学技術院(KAIST)のJeonchun Ryu研究員(東北大学大学院工学研究科博士課程修了/現Samsung Advanced Institute of Technology)、Byong-Guk Park教授、Kyung-Jin Lee教授と協力して、不揮発性磁気メモリの高密度化に必要不可欠な垂直磁化強磁性体に対して、外部磁場を必要とせずかつ低消費電力で磁化反転可能となる新たな手法を確立しました。スピントロニクスデバイスの大量生産に適した多結晶CoFeB/Ti/CoFeB構造で実現できるため、AI・IoTなど情報社会における高密度・省電力記録技術として期待されます。

本研究成果は4月7日付(英国時間)で英国の科学誌「Nature Electronics」でオンライン公開されました。

研究背景

スピン軌道トルク(※2)は、電流を流すことでスピン流(※3)を生み出し、強磁性体の磁化を操作できる(電気的磁化制御)ことからデバイス応用に適しています。特に高密度記録が期待できる垂直磁化強磁性体/非磁性体構造では、スピン流を生み出す起源としてスピンホール効果(※4)が用いられてきました。

しかし生成されるスピン流の向きが一方向に限られるため原理的に磁化反転ができず、外部磁場を印加しなければならない実用上の大きな課題がありました。また強磁性体を含む多層構造では、特定の方向だけでなく、様々な方向にスピン流が生成されることが分かっていましたが、その全てを利用した磁化反転はなされてきませんでした。加えて、不揮発性磁気メモリの低消費電力化のためには、低電流密度での磁化スイッチングが不可欠です。

ところが従来のスピンホール効果を用いた方法では、現在実用化されているスピン移行トルク(※5)による不揮発性磁気メモリに比べて、電流密度が1桁以上大きい問題が残されていました。不揮発性磁気メモリを広く普及させるためには低電流密度による無磁場磁化スイッチングを可能にする新たな手法が求められていました。

研究成果

本研究は、面内磁化した下部強磁性体/非磁性体/垂直磁化した上部強磁性体からなる三層構造において、下部強磁性体の磁化と上部強磁性体の磁化方向をずらすことで(図1(a))、全ての方向に生成されるスピン流の同時活用が可能となり、低電流密度かつ無磁場の磁化スイッチングを実現しました。特に下部強磁性体に用いたエピタキシャルコバルトは面内結晶磁気異方性(※6)が大きいため、上部強磁性体の磁化との相対角度を自在に制御でき、様々な方向のスピン流を磁化反転に活用できます。同時に、磁化方向に依存するスピン流成分を明確に分離して同定することができるようになりました(図1(b))。

このような無磁場磁化スイッチング効率の向上は、現在、不揮発性磁気メモリの製造方法であるスパッタリング法により作製された多結晶CoFeB/Ti/CoFeB構造においても達成され(図2(a))、提案したアプローチがスピントロニクスデバイスの大量生産に適用可能であることを示しました。さらに、既存のスピン流を用いた磁化反転よりも30%の低電流密度化を実現しました(図2(b))。

この結果は、高密度・低消費電力不揮発性磁気メモリの重要なマイルストーンとなり、IoTやAIで利用される不揮発性磁気メモリの革新的省電力技術になると期待されます。

図1 新開発の積層構造と得られた信号

図1 新開発の積層構造と得られた信号
(a) 面内磁化した下部強磁性体/非磁性体/垂直磁化した上部強磁性体からなる不揮発性磁気メモリ構造
(b)面内磁場角度を変えて上部強磁性体と下部強磁性体の磁化角度を変化させたときのスピン軌道トルク信号。これまでのモデル(青点線)では説明できない大きな変化が観測され、新しいスピン流成分を考慮したモデルにより実験結果を説明できます(赤実線)。

図2 多結晶CoFeB/Ti/CoFeB構造で実施した実験データ

図2 多結晶CoFeB/Ti/CoFeB構造で実施した実験データ
(a) 不揮発性磁気メモリの製造方法を用いて作製した多結晶CoFeB/Ti/CoFeB構造
(b)外部磁場を印加しない状態で強磁性体の磁化を反転させるのに必要な電流密度の磁化方向依存性。新しいスピン流を利用できる磁化角度では30%の低電流密度化が実証されました。

【論文情報】

タイトル: Efficient spin–orbit torque in magnetic trilayers using all three polarizations of a spin current
著者: Jeongchun Ryu, Ryan Thompson, Jae Yeol Park, Seok-Jong Kim, Gaeun Choi, Jaimin Kang, Han Beom Jeong, Makoto Kohda, Jong Min Yuk, Junsaku Nitta, Kyung-Jin Lee, Byong-Guk Park
掲載誌: Nature Electronics (2022)
DOI: 10.1038/s41928-022-00735-9
URL: https://doi.org/10.1038/s41928-022-00735-9

用語説明

※1 不揮発性磁気メモリ
磁石の薄膜を記録層に用いたメモリ。磁石のN極とS極に対して「0」と「1」の情報を記録し、磁気抵抗効果を用いて読み出す記録素子。電源を切っても磁石の向きは保持されるため不揮発性を持ち省電力メモリ素子として期待されています。

※2 スピン軌道トルク
電子のスピンと電子が原子核の周りを回ることで生じる軌道角運動量の間に働くスピン軌道相互作用の強い材料中では、電流の方向と垂直にスピン角運動量を運ぶスピン流が生じます。このスピン流が磁性体中に流れ込むとトルクが生じ磁性体の磁化方向を反転することが可能となります。

※3 スピン流
電子には電荷に加えて磁石のN極とS極のような向きを持つスピンという性質があります。その向きを一つの方向に揃えることで生じるスピンの流れをスピン流と呼びます。

※4 スピンホール効果
非磁性体の金属に電流を流すと、電流と垂直の方向に電子スピンの流れであるスピン流が発生する現象のことを指します。

※5 スピン移行トルク
電子の磁石としての性質であるスピンの流れが磁石の磁化へと移行して、磁化反転を生み出す回転力を与える現象を指します。

※6 結晶磁気異方性
磁性体の結晶構造においてある方向に磁化しやすい性質を指します。