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研究成果

ベクトル光渦の偏光空間構造を半導体中のスピンに印刷 ~固体中スピンの空間構造を利用した情報大容量化が可能に~

【発表のポイント】

  • ベクトル光渦の軌道角運動量に起因する偏光空間構造をスピンの空間構造として固体中に直接印刷することに成功しました。
  • 固体中の電子スピンに働くスピン軌道相互作用の有効磁場を組み合わせることで、位相の反転した2つの電子スピン波を同時に生成できることを明らかにしました。
  • 光とスピンの高次量子メディア変換やスピンテクスチャを利用したデバイスの基盤技術につながり、将来的には情報量の大容量化に貢献することが期待されます。

【概要】

東京理科大学理学部第一部応用物理学科の石原淳講師、宮島顕祐教授、千葉大学大学院工学研究院の森田健教授、東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の好田誠教授、筑波大学数理物質系の大野裕三教授らの研究グループは、ベクトル光渦の軌道角運動量に起因する偏光空間構造をスピンの空間構造として半導体量子井戸中に印刷することに成功しました。

光の偏光と固体中の電子スピン状態は変換可能であり、これまで円偏光を利用した固体中へのスピン生成が行われてきました。従来の単一光によるスピン生成には均一な偏光分布を持つ基本のガウシアンビームが用いられてきましたが、この場合は特定の向きにそろったスピンが生成されていました。それに対して本研究では、ラゲールガウシアンビーム(※1)の一種であるベクトル光渦を用いることで、軌道角運動量に起因した方位角依存の偏光空間分布を固体中のスピン状態に移し替え、単一光により空間周期構造を持ったスピン状態を光生成することに成功しました。光通信分野ではベクトルビームの空間構造を利用した空間分割多重による大容量化が行われていますが、同様に固体中スピンの空間構造を利用した情報大容量化が可能になると期待されます。

本研究成果は、2023年3月24日付(米国時間)で米国の科学誌「Physical Review Letters」にてオンライン公開されました。また、Editors' Suggestionにも選ばれました。

【研究の背景】

我々の生活を便利にする情報通信サービスの発展には、情報量の大容量化が必要不可欠です。これまで光の持つ空間構造は光通信分野において空間分割多重といった新たな多重通信方式を提供してきましたが、それと同様に空間構造は固体中の情報量の大容量化においても重要な役割を担うと考えられます。

固体中の電子の持つ磁気的性質であるスピンはその方向によって異なる状態を識別できるため、その空間構造が着目されてきました。その中で半導体中に働くスピン軌道相互作用の有効磁場によって電子スピンが空間的にらせん構造を描いてストライプ状定在する電子スピン波の空間構造は新たな情報担体として期待されています。光の偏光と固体中のスピン状態は変換可能であり、この電子スピン波の空間構造の生成には光が用いられてきました。しかしながら均一偏光分布を持った単一光では、その空間構造の生成に時間経過を必要としました。

そこでベクトル光渦とよばれる偏光の空間周期構造(図 1上)を利用することで、直接的にスピンの空間周期構造 (図 1下)を生成する方法を考案しました。

図 1 ベクトル光渦 の方位角依存の偏光分布(上)とそれによって生成が期待される方位角依存のスピン空間構造 (下)

図 1 ベクトル光渦 の方位角依存の偏光分布(上)とそれによって生成が期待される方位角依存のスピン空間構造 (下)

【研究結果の詳細】

本研究グループは、ベクトル光渦の軌道角運動量に起因する偏光空間構造をスピンの空間構造として半導体量子井戸中に直接生成することに成功しました。また、半導体量子井戸中で電子スピンに作用するスピン軌道相互作用と組み合わせることで、位相の反転した2つの電子スピン波を同時に生成できることを示しました。

光の偏光と固体中のスピン状態の変換を従来の円偏光のガウシアンビームを用いて行うと、図2上に示すように一方向に揃ったスピン状態が光励起されます。一方で、ラゲールガウシアンビームの一種であるベクトル光渦は軌道角運動量に起因して方位角依存の偏光周期構造を持ちます。研究グループはボルテックス1/2波長板と1/4波長板を用いてガウシアンビームからベクトル光渦を生成し、それを用いて偏光とスピンの変換を行いました。その結果、図2左下に示すように円周上にスピン状態が2周期繰り返されるスピンの空間構造が観測されました。このことはベクトル光渦の偏光周期構造がスピン分布に移されたことを意味します。空間周期構造のひねりの数はベクトル光渦のトポロジカル数で決まるため、実際にベクトルビームのトポロジカル数を1つ増やすことで図2右下に示すように円周上でスピン状態が4周期繰り返されるスピンの空間構造を生成することもできます。光渦のトポロジカル数は任意の整数を取るため、トポロジカル数を増やすことによってスピン情報を高密度化することが可能になると期待されます。

さらに半導体中において電子スピンに作用するスピン軌道相互作用の有効磁場を利用することで、図3 に示すような横方向にはスピン状態が繰り返され、縦方向にはスピン状態が反転した特徴的なスピンの空間構造が生成されることがわかりました。ベクトル光渦によるスピン空間構造の直接生成と固体中の有効磁場を組み合わせることで、様々なスピン空間構造が固体中で生成できるようになると考えられます。本研究で示した光の空間偏光構造とスピンの空間構造の変換および固体中の有効磁場と組み合わせた新たなスピン空間構造の生成は、高次量子メディア変換やスピンテクスチャを利用した情報大容量化の要素技術につながると期待されます。

ガウシアンビーム
図2 生成されたスピンの空間マップ赤がアップスピン、青がダウンスピンを示す

図2 生成されたスピンの空間マップ赤がアップスピン、青がダウンスピンを示す

図3 有効磁場との組み合わせによって生成される空間パターン

図3 有効磁場との組み合わせによって生成される空間パターン

【用語解説】

※1)ラゲールガウシアンビーム

軌道角運動量をもつ光ビームの一つ。

【論文情報】

タイトル
Imprinting spatial helicity structure of vector vortex beam on spin texture in semiconductors
著者名
Jun Ishihara, Takachika Mori, Takuya Suzuki, Sota Sato, Ken Morita,Makoto Kohda, Yuzo Ohno, and Kensuke Miyajima
雑誌名
Physical Review Letters
DOI
10.1103/PhysRevLett.130.126701
URL

【発表者】

石原淳
東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科 講師 <筆頭著者・責任著者>
森貴親
東京理科大学 大学院 理学 研究科 応用 物理 学専攻 修士課程 2年
鈴木拓也
東京理科大学 大学院 理学 研究科 応用 物理 学専攻 修士課程修了
佐藤壮太
千葉大学 大学院 工学研究院 修士課程 2年
森田健
千葉大学 大学院 工学研究院 教授
好田誠
東北大学 大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 教授
大野裕三
筑波大学 数理物質系 教授
宮島顕祐
東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科 教授