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研究成果

ナノプラスチックの生体影響を調べるためのモデル試料を作製
ポリプロピレンの高温・高圧分解により実現

【発表のポイント】

  • 汎用プラスチックのひとつであるポリプロピレンをナノメートルサイズまで微細化したナノプラスチック(注1)のモデル試料を作製する方法を開発しました。
  • 高温・高圧酸化分解により分解・劣化したナノプラスチックモデルがヒト培養細胞を用いた生体影響評価に使用できることを示しました。
  • 本研究成果は、ヒト培養細胞を用いたナノプラスチックの生体影響研究に貢献することが期待されます。

【概要】

近年、マイクロプラスチック(注2)から分解・劣化がさらに進んだナノプラスチックが生体に及ぼす影響が懸念されています。その理解、研究のために分解・劣化したナノプラスチックモデルが必要とされていますが、その作製方法はこれまで十分に検討されていませんでした。

東北大学大学院工学研究科材料システム工学専攻のスパトラー ヒランピンヨーパート(Suphatra Hiranphinyophat)特任研究員、小林真子助教、山本雅哉教授は、東京医科歯科大学と芝浦工業大学との共同研究で、ケミカルリサイクル(注3)のために開発された手法である高温・高圧酸化分解を利用した方法により、分解・劣化が進んだナノプラスチックのモデルの作製に成功しました。さらに、ヒト培養細胞を用いた実験によりナノプラスチックモデルの濃度が高くなると、細胞膜が傷つけられ、細胞死が誘導されることがわかりました。

本成果により、ナノプラスチックの生体影響について理解が進む可能性があります。さらにポリプロピレン以外のプラスチックに本手法を用いることにより、様々な種類の分解・劣化ナノプラスチックによる生体影響評価での活用が期待されます。

本研究成果は、2023年10月26日に界面科学の専門誌Langmuirに掲載されました。

【研究の背景】

近年、マイクロプラスチックによる環境問題が注目されています。特に、生き物の食物連鎖を通じたヒトへの影響も懸念されています。自然環境中に投棄されたプラスチックは、紫外線による光酸化分解、微生物による生分解、物理的衝撃による機械的粉砕などにより細片化され、マイクロプラスチックになります。さらに分解・劣化が進めば、より小さいナノプラスチックになると考えられていますが、微量かつ微小であるため自然環境からの回収・分離は困難とされています。

これまで、市販のポリスチレンナノ粒子やプラスチックを溶媒に溶解させてナノ粒子化する研究は報告されています。しかし、これらのナノ粒子は、形状、サイズ、化学的性質が均質で、自然環境中で分解・劣化が進んだナノプラスチックのような特性をもっていません。これまでの医療材料の研究から、ナノ粒子の材料特性によって細胞に与える影響が異なることが示されています。ナノプラスチックが及ぼす生体への影響を理解するためには、分解・劣化により材料特性を変化させたナノプラスチックモデルが不可欠であると考えています。

【今回の取り組み】

東北大学大学院工学研究科材料システム工学専攻のスパトラー ヒランピンヨーパート(Suphatra Hiranphinyophat)特任研究員、小林真子(こばやし まこ)助教、山本雅哉(やまもと まさや)教授、東京医科歯科大学生体材料工学研究所物質医工学分野の木村 剛(きむら つよし)准教授、および芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科の田邉匡生(たなべ ただお)教授らの研究グループは、プラスチックのケミカルリサイクルに利用されている手法である高温・高圧酸化分解を利用して、プラスチックの分解・劣化を再現し、ナノプラスチックモデルを作製することに成功しました。

具体的には、この方法を汎用性プラスチックのひとつであるポリプロピレンに用いたところ、処理条件に応じて分解・劣化が進行して、ナノサイズの粒子が得られることがわかりました。今回、より高温で処理した場合のみ、ナノサイズの粒子が得られることを見つけました(図1)。また、原料のポリプロピレンには含まれないカルボキシ基(注4)が生じており、紫外線による酸化反応にともないカルボキシ基が導入されるという点で劣化したプラスチックと類似の特徴をもっていました。さらに、食物連鎖を考慮して、ヒト結腸癌由来のCaco-2細胞(注5)を用いて、ナノプラスチックモデルの細胞膜傷害性を調べたところ、ナノプラスチックモデルの濃度が高くなると細胞膜が傷つけられ、細胞死が誘導されることがわかりました。

【今後の展開】

本研究で確立したポリプロピレンのナノプラスチックモデルを用いて、ナノプラスチックが及ぼす生体への影響について理解が進む可能性があります。さらに、ポリプロピレン以外のプラスチックに用いることによって、様々な種類の分解・劣化ナノプラスチックによる生体影響評価に活用されることが期待されます。

図1. ポリプロピレンと過酸化水素(H2O2)を水中で高温・高圧処理することにより、温度に応じてマイクロプラスチック、ナノプラスチックが作製できる。右写真は走査型電子顕微鏡による観察結果。

【謝辞】

本研究は、JST CREST「分解・劣化・安定化の精密材料科学」研究領域(JPMJCR21L6)、JSPS科研費 挑戦的研究・萌芽(JP21K19840)の助成を受けたものです。

【用語解説】

注1. ナノプラスチック

1mmの100万分の1の長さである1nmから1,000nm(1μm)までの大きさのプラスチック細片。

注2. マイクロプラスチック

直径5mm以下の大きさのプラスチック細片。

注3. ケミカルリサイクル

使用済みの資源を化学的に分解し、原料に変えてリサイクルする方法。

注4. カルボキシ基

炭素原子(C)、酸素原子(O)および水素原子(H)からなり、化学式では「-COOH」と表現される中性条件では負に帯電する官能基のひとつ。

注5. ヒト結腸癌由来のCaco-2細胞

体外でヒト腸管上皮(腸管の最表面)に類似の構造を再現でき、薬物などの細胞透過性実験法で広く用いられる細胞。

【論文情報】

タイトル
Fabrication of polypropylene nanoplastics via thermal oxidation reaction for human cells responsiveness studies
著者名
Suphatra Hiranphinyophat; Tomoki Hiraoka; Mako Kobayashi; Sho Fujii; Akio Kishida; Tadao Tanabe; Tsuyoshi Kimura; Masaya Yamamoto
*責任著者
東北大学大学院工学研究科教授 山本雅哉
掲載誌
Langmuir
DOI
10.1021/acs.langmuir.3c01858
URL