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研究成果

一方向炭素繊維強化圧電プラスチックセンサを開発 ― 強度と柔軟性を使い分け、動き検出への応用に期待 ―

【発表のポイント】

  • 圧電材料のナノ粒子(圧電ナノ粒子)を分散したプラスチックの内部に炭素繊維を一方向に配向させることで、特定の方向に伸びやすい高感度力センサを実現しました。
  • サブミクロ構造の圧電ナノ粒子、ミクロ構造の炭素繊維、マクロ構造の複合材料の3階層モデルを結合し、圧電複合材料の強度・機能発現メカニズムの理論的解明に成功しました。
  • スポーツ・レジャー製品、医療・介護用システム、ロボット、航空・宇宙機器などの分野で用いるモノのインターネット(IoT)センサ(注1)への応用が期待されます。

【概要】

力を電気に、逆に電気を力に変換する圧電プラスチックは、人々の健康状態や動きを検出するセンサとして用いられており、パンデミック以降の日常生活やモーション(動き)センシングに関する研究において、ますます重要性が高まっています。しかし圧電プラスチックとしてよく用いられる素材は、一般的に耐久性が低く、長期間にわたって信頼性を保つことが困難という課題がありました。

東北大学大学院環境科学研究科 大学院生の余 瑶楠 氏、成田史生教授(工学部材料科学総合学科兼担)のグループと大阪工業大学工学部機械工学科の上辻靖智教授のグループは、一方向に配向させた炭素繊維強化プラスチック(CFRP)(注2)の伸縮異方性を利用し、モーションセンシング機能を備えた高強度で柔らかい新しい圧電複合材料の開発に成功しました。

今回開発した材料は、繊維方向の機械的特性が大幅に向上(炭素繊維が入っていない圧電プラスチックの約20倍)し、繊維に垂直方向の高伸長性と高い圧電応答が得られます。スポーツ・レジャー用品に搭載することで、野球ボールをキャッチする際に生じる衝撃の測定や、歩行パターンの追跡など一方向炭素繊維強化圧電プラスチックセンサを開発― 強度と柔軟性を使い分け、動き検出への応用に期待 ―が可能です。IoT センサとしてスポーツ・レジャー用品以外にも医療・介護、ロボット、航空・宇宙など広い分野で新展開が期待されます。

本研究成果は2023年12月14日、ナノテクノロジーの専門誌 Small に掲載されました。

【研究の背景】

炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、超軽量で優れた機械的安定性を有しており、航空・宇宙機器、自動車、船舶など様々な分野で応用されています。一方、圧電プラスチックは、機械エネルギーを電気エネルギーに変換できるため、振動発電機能とセンシング機能を有し、バッテリー不要の人体モーションセンシングシステム用素材として注目されています。しかしながら、圧電プラスチックは一般に機械的強度が低いため、センサとしての応用範囲が制限されています。

【今回の取り組み】

今回開発した一方向炭素繊維強化圧電複合材料は、圧電ナノ粒子(注3)(ニオブ酸カリウムナトリウム:KNN)をプラスチック(エポキシ樹脂)に分散した2枚の圧電ナノコンポジットシート界面に炭素繊維を一方向に配向させ、その後に2枚を接合・一体化させたもので(図1)、CFRPを補強材および電極として機能させています。その結果、圧電性を損なわず繊維方向に優れた縦弾性係数および引張強度が得られ、繊維に垂直方向にはよく伸びてセンサの性能が向上しました。また、実験結果を正確に再現するマルチスケール・マルチフィジックス有限要素モデル(図2a-c)を開発しました。図2aはプラスチックに圧電ナノ粒子が均一分散しているモデルを示したもので、これから予測した圧電ナノコンポジットの電気力学特性を図2bに適用し、圧電CFRPユニットセルの異方性電気力学特性を求めることができました。また、得られた値を図2cの3層サンドイッチ構造に適用することで、炭素繊維強化圧電複合材料の応力状態や変形挙動に加え出力電圧も予測できます。これにより実験結果の妥当性が理論モデル解析からも確認され、圧電複合材料に関するさらなる研究のための基盤が築かれました。

図2dは、今回作製した一方向炭素繊維強化圧電複合材料の引張試験結果を示したもので、有限要素解析結果と実験結果を比較しております。配向させた繊維方向(x方向)には縦弾性係数(注4)が大きく(=伸びにくい)、繊維に垂直方向(y方向)には縦弾性係数が小さくなっており(=伸びやすい)、実験結果と解析結果はよく一致しています。また、図2eは、一方向炭素繊維強化圧電複合材料の繊維方向(x方向)と繊維に垂直方向(y方向)に50N(ニュートン)の荷重を繰り返し負荷した場合の出力電圧を示したもので、伸びやすい(柔らかい)方向の出力電圧は強度が高い繊維方向に比べ20倍以上です。

図1.一方向炭素繊維強化圧電複合材料。

図2.一方向炭素繊維強化圧電複合材料のマルチスケール・マルチフィジックス有限要素モデル。 a.30vol(体積)% KNN-エポキシ(EP)のサブミクロ構造モデルとメッシュ。 b.炭素繊維強化KNN-エポキシのミクロ構造モデルとメッシュ。 c.3層サンドイッチ構造炭素繊維強化圧電複合材料のマクロ構造モデル。(i,ii)それぞれx軸,y軸の境界条件。 d.引張特性のシミュレーション・実験結果。 e.出力電圧のシミュレーション・実験結果。

今回作製した一方向炭素繊維強化圧電複合材料はスポーツ用品や人体の一部に取り付けることで、動きを検出できます(図3a)。図3bに示すように、野球グローブに複合材料を搭載し、繊維方向と指の方向を一致させて柔軟性を確保した結果、ボールをキャッチングしたときに約2Vの電圧を出力しました。キャッチングのタイミングは、信号の振幅スペクトログラムを使用して正確に決定できます。また、図3cに示すように、歩行をセンシングするため、複合材料が右靴に取り付けられました。圧電複合材料は、右足がステップするときに電圧を出力します(図3dのオレンジ色の曲線)が、左足のステップ(青色の曲線)も区別できます。センサは右足の靴にしか取り付けられていませんが、左足を踏み出す際に人体の重心が右足に移動し、外力が変化して電圧を出力します。これにより、1つのセンサで両足の動きを感知することができます。振幅スペクトログラムは、強弱の間隔を持つ高周波信号を示しています。繊維配向をつま先の方向に対して垂直に設計した結果、柔軟性が確保され、歩行中に複合材料が圧力の高い領域(前足部)で大きく曲がるためです。さらに、歩き始めると、図3eに示すように約3Vの電圧を出力します。高速フーリエ変換(FFT)スペクトル分析により、被験者のステップ周波数は0.76Hzであることがわかりました(図3f)。振幅スペクトログラムから、左右の脚の歩行パターンのタイミングもわかります。今回開発した一方向炭素繊維強化圧電複合材料は出力が安定しており、人々はもちろんロボットや移動体のモーション検出を必要とする様々な用途や産業での利用が期待されます。

図 3.a.一方向炭素繊維強化圧電複合材料の応用。 b.ボールのキャッチで出力される電圧。 c.ステップで出力される電圧。 d.左足と右足の電圧変化。 e.歩行モニタリング中に出力される電圧。 f.FFTスペクトル解析結果。

【今後の展開】

炭素繊維の量、方向を自由に変更することで、様々な製品に提供できるセンサが開発できます。均質化理論を利用したマルチスケール・マルチフィジックス数値シミュレーションでセンサの最適設計を行い、実用化に向けて試作、評価を行っていきます。また、前回のプレスリリース(https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/06/press20230615-02-cfrp.html)と同様、開発した圧電複合材料でセンシングした情報をワイヤレス送信する研究も進めていきます。

【謝辞】

今回の研究成果の一部は、科学研究費助成事業基盤研究(A)(JP22H00183)、基盤研究(B)(JP23H01309)の支援を受けて得られたものです。またKNNは日本化学工業株式会社より提供を受けました。

【用語解説】

注1.

モノのインターネット(IoT)センサ:自然現象や物理的な動きを受信してデータに変換する従来のセンサ機能に加えて、パソコンやスマートフォン、プリンターなどといったIT関連機器や家電をはじめとするあらゆる「モノ」に接続してデータを送信したり、収集・管理できるセンサ。

注2.

炭素繊維強化プラスチック(CFRP):炭素繊維(カーボンファイバー)を強化材として加えたプラスチック。プラスチックの軽量、高い成形自由度といった特徴に加え、炭素繊維のもつ高剛性・高強度な特性も併せ持つ。

注3.

圧電ナノ粒子:直径がナノメートルオーダーの小さな圧電微粒子。1ナノメートルは、1メートルの10億分の1。

注4.

縦弾性係数:細い棒を引き伸ばし、縦軸に単位面積当たりの引張り力を、横軸に単位長さ当たりの伸びを示したときに、グラフに描かれる曲線の初期傾き。値が大きいほど硬くて変形しにくく、値が小さいほど軟らかくて変形しやすい。

【論文情報】

タイトル:
Fabrication, Evaluation , and Multiscale Simulation of Piezoelectric Composites Reinforced Using Unidirectional Carbon Fibers for Flexible Motion Sensors
著者名:
Yaonan Yu*, Chao Luo, Takayuki Suto, Yasutomo Uetsuji, Fumio Narita*
*責任著者:
東北大学大学院環境科学研究科 大学院生 余 瑶楠,教授 成田 史生
掲載誌:
Small
DOI:
doi.org/10.1002/smll.202307689
URL: