低品位鉱の利用、そして環境問題への対策。
困難な課題に、大学ならではの挑戦的研究で挑む。


歴史に「if(もしも)」は禁物といわれますが、「もし○○がなかったら、今の私たちの暮らしは…」と想像するのはなかなか興味深いものです。しかし、どんなに想像力豊かな人でも「鉄がない現代社会」を思い浮かべるのは難しいのではないでしょうか。かつて『鉄は国家なり(ビスマルク、ドイツの宰相)』といわれましたが、現在でも、鉄鋼生産量は国力を表す重要な指標のひとつです。

鉄鋼の原料となるのは鉄鉱石です。地球の総重量の3割強を占めるといわれる鉄鉱石は、他の鉱物と比べると豊富に存在しますが、“品質”というと話は別で、長年にわたる採鉱と近年の世界的な鉄鋼需要増を受けて、高品位鉱(鉄分含有量60%程度)は枯渇傾向にあります。資源がたくさんあっても、現在の技術で開発・採掘が可能な場所にあるとは限りませんし、事業として成り立つかという採算性の側面もあります。ですから鉄含有量の少ない鉄鉱石を利用していかなければならないのですが、低品位鉱には鉄分と脈石※1が混じり合っていて、そのまま高炉に装入すると、うまく溶けずに生産効率が低下し、鉄鋼製品の品質に悪影響を及ぼします。鉄鉱石の品質の多様化・劣化に対応する研究開発が急がれています。

低品位鉱を利用していくには、いくつかの方法があります。ひとつは原料段階での「選鉱」です。鉱石を細かく粉砕して、比重や磁力によって物理的に選別し、石灰石やコークス※2などを加えて球状に焼き固めたり(焼結鉱)、さらに細かな微粉鉱石には、接着の役割を果たすベントナイト※3などを添加して焼結したりします(ペレット)。しかし、選鉱の過程で不純物が十分に除去できるわけではありません。製鉄プロセスで取り除いていく必要があります。

鉄鋼がつくられるまで(高炉一貫鉄鋼プロセス)をごく簡単に説明すると、「鉄鉱石を高炉に装入し還元→銑鉄(せんてつ)を取り出し→溶銑予備処理でイオウやリン、ケイ素などを除去。さらに転炉で炭素を除去→二次精錬で不純物を徹底的に取り除き→各種の鋼をつくる」となります。普段、私たちが手にしているものは、鉄から不純物を取り除き、鍛えて質を高めた鋼です。特に日本においては、高級鋼や特殊鋼(様々な元素を加え、特殊な機能を持たせた合金鋼)の生産によって、世界市場での優位性を保持していますから、許容される不純物濃度は非常に低いのです。金属中の多くの不純物は酸化させてスラグ相に除去します。金属の高純度化には酸化のための酸素が欠かせないのですが、過剰な酸素は一転不純物となってしまいます。溶融金属からの不純物の除去(特に酸素)は、私がターゲットとしている研究テーマの一つです(図/写真1)。

(図/写真1)理想は『(添加剤が)さっと溶けて、(不純物が)さっと落ちる』

(図/写真1)「不純物を取り除くには、標的となる成分に応じた添加剤を投入するのですが、量やタイミングをかえることで、除去能力が格段に向上することがあります。理想は『(添加剤が)さっと溶けて、(不純物が)さっと落ちる』、洗剤のCMみたいですね(笑)」。

鉄鋼業は、我が国における二酸化炭素(CO2)排出量の約13%を占めるなど※4、環境負荷の大きい産業として知られています。CO2排出低減とともに、重要な取り組みとされているのがダストなど副産物の有効利用です。高炉から出るスラグはセメント混和材などに有効にリサイクルされていますが、製鋼スラグ(石灰分などを多く含む)は使い勝手の悪さから限定的な用途にとどまっています。私が着目しているのは、製鋼スラグ中に含まれるリンです。肥料や化学製品の原料として必須なリンは、しばしば需要がひっ迫し、供給が不安定になっています。リン回収は、多くの研究者が様々にアプローチしていますが、私は毛細管現象を利用した酸化鉄と酸化リンの分離というユニークな方法を探究しています。こうしたアイデアと可能性を示す挑戦的な試みは、大学が担うべきものであると考えています。

本学の工学部・工学研究科は、研究分野で世界を先導する役割を果たしていく一方で、成果・知見の社会実装、産業界との共同や協働、地域振興のための取り組みなどをこれまで以上に強く推し進めるとしています。実験室では成功し再現性のある技術でも、超巨大鉄鋼プラントへの導入というと話は全く違うものになります。英知を結集し、横断的な連携によって障壁を乗り越え、新しい可能性を具現化していかなければなりません。製鉄の進化に終わりはありません。

※1
脈石:鉱床を形成する鉱物のなかで、鉱石としての経済的な価値のない鉱物。または鉱石中の不用部分で、選鉱の工程で除去される鉱物。
※2
コークス:石炭を蒸し焼き(乾留)して、その揮発分の大部分を石炭ガスとして放出したあとに残る固体燃料。発熱量が元の原料の石炭より高く、高温を得ることができる。
※3
ベントナイト:海底・湖底に堆積した火山灰や溶岩が変質することでできた粘土鉱物の一種。高い粘性、粘着性、吸水性などの性質により、各種産業に広く利用されている。
※4
数字は、国立研究開発法人国立環境研究所『日本国温室効果ガスインベントリ報告書』2015年4月
取材風景
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