東北大学 大学院工学研究科・工学部 マテリアル・開発系

プレスリリース

2003年

海洋植物プランクトン増殖による炭酸ガス固定化

2003年04月22日(日刊工業新聞)
金属フロンティア工学専攻 日野 光兀 教授

 産業排ガスなどによる地球温暖化問題がクローズアップされてきている。排出された二酸化炭素(CO2)の大量固定化対策としては熱帯雨林帯での植林、海洋の利用などが提案されている。海洋利用の場合、その原理は以下のようである。

 植物プランクトンは夏場などの好気象条件下で、1日で1、2回細胞分裂し増殖する。熱帯雨林での植林事業よりも大量、かつ迅速なCO2吸収技術である。この時、陸上の植物同様、太陽光とCO2のほかに栄養が必要である。体内に取り込む栄養素は、元素比で鉄:リン:珪素:窒素:炭素:酸素=0.001:1:15:16:106:212(レッドフィールド比と呼称されている)である。すなわち、鉄を1モル溶出させ、それをすべてプランクトン増殖に利用できたとすると、その体内にCO2を10万6000モル吸収することになる。

 実際の海洋では、鉄などの栄養塩が極端に不足していて、貧栄養素供給が律速となり増殖が困難になっている。この不足栄養素を海洋に供給すれば増殖しCO2が吸収され、植物連鎖により魚介類まで生産されることになる。プランクトンの1割弱は海底に沈み、その分はCO2が固定化されることになる。

 最近、我々のグループの研究から、鉄鋼産業の副産物であるスラグはこの事業での重要な資源であることが判明した。スラグとは鉱石から金属を回収した残分、すなわち主に脈石成分である。その化学組成は珪酸や酸化鉄、五酸化リンなど、プランクトン増殖の栄養となる酸化物から構成されている。人工鉱物である製鋼スラグはイオン結晶であることから、海水への成分溶出も容易であると考えられる。実際、海水に製鋼スラグを加えて成分溶出試験を行なったところ容易に溶出した。ここが天然鉱物と違う点である。その挙動はスラグ中でのこれらの存在形態によって大きく異なった。従って効率的に溶出させるには、金属精錬後、熱処理または他成分の添加などでスラグの結晶組成を制御すればよいことが判明した。

 試験室、太平洋の船上、さらには4.5トンのプールで、スラグを浸漬した自然海水中でのプランクトン増殖試験を行なった。これらの基礎実験に基づいて実海域でのCO2吸収量を推算した。その結果、太陽光が十分に到達する15メートルまで増殖は起こると仮定すると、亜寒帯海域で日本国土の約3倍の面積に製鋼スラグを夏場のみ47.4万トン/月、6ヶ月間散布する(国内年間製鋼スラグ生産量の約8%)と、年間1676万トンのCO2(日本鉄鋼連盟の試算による、COP3で目標とした2010年における鉄鋼業全体での自主行動計画目標削減量)の吸収が達成可能であることが判明した。スラグ散布量は0.4グラム/平方メートル/月である。